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アイテム詳細
乳と卵
川上 未映子
発売:文藝春秋
Amazon.co.jp ランキング:Book で2934位
価格:¥ 1,200(税込み)/1,500円以上国内配送料無料(一部大型商品は除く)!
発売日:2008-02-22 /通常24時間以内に発送
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発売日:2008-02-22 /通常24時間以内に発送
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
カスタマーレビュー
おすすめ度:
わけ分からん
(2008-11-12)
高校生の時に、初めて樋口一葉の『竹くらべ』を読まされたことを思い出した。
早い話が分かりにくい。慣れるのに時間がかかる。もうあかん、耐えられへん。
耐え難い人は、とにかく最初の数ページで大声をあげたくなるかもしれない。
どんなに頑張っても生理的に合わないものってあるんだなと実感した作品でした。
成熟という問題
(2008-10-05)
この本を読んだだれもが、おそらくほとんどの人がまず感じるのは読みにくいということであり、最初の方のページでは助詞なのか単語の尾っぽなのか分別つかない「て」とか「は」に苦戦しながらも、せっかく身銭を叩いて買ったんだから、つまんないと思ったら片っ端から本を捨てるということのできる文学研究者のような身分では自分がないのだからということを思い返して、頑張って読み進めていったら、だんだん文章には慣れてきて、でもこの小説の空気感というか世界観っていうのは、この口語調に特化した関西弁の語りとは切っても切り離せない間柄であり、この語りでないと醸し出せないものもあるだろうなぁ、もしこれを標準語にして書いたら間違いなく死んでただろうなということも思えてきて、こういう関西弁を読めるリラシーを我々読者が身につけたのも、ひとえに関西のお笑い芸人がテレビに毎日映ってくれている今のような世の中のおかげだなぁということに気がついたら、改めて明石家さんまとかダウンタウンに感謝したくなってくるのだけれど、それとこの小説とは全然関係ないないと、もう一回集中力を高めて本文に集中すると、成熟したくない娘と、成熟したままでありたい母の、その二人の葛藤があって、思っていたよりおセンチな話であり、心温まる話であり、芥川賞というのも捨てたもんではないなぁと思い、小説をまねてレビューを書いてみたのだが全くうまくいかなかったのである。
「女」「女」「女」!
(2008-09-30)
文体の独特さは、賛否両論ですが、最初は読みにくかったものの、次第に古典を読んでいるかのごとく一定のリズムを持って心に落ちてきました。関西弁だからこそ、よかったのだと思います。
内容としては、これといったドラマチックなことは何も起こらない(最近の芥川賞の特徴ですね〜)ですが、女性ならではのある意味「えげつない」表現にびっくりしました。夜中に生理がきて、下着を汚したときの描写などは「なんとなく臭いを嗅いでみた」、など、普通の作家では書かないと思います。
この「女」をずばっと前面に押し出した作品は、怖いもの見たさもあり、今後も読んでみたいですね。
読みづらいけど、いいと思う
(2008-08-30)
性の不快さ、不思議さ、不可解さ。自分が願ってもいないのに、体だけが先へ先へと進んでしまう。この気持ちは、なかなか好転しない、なんともやるせなく、苛立たしいあの状況にそっくりだ。
なぜ人は大人になるのか。なぜ胸に脂肪をつけ、そして血がでるのだろうか。なぜで頭がいっぱいになる。なぜをたくさん放出して、きっと皆大人になっていくのかな。単純でいたいけど、単純じゃないんだよ、この世の中は。大人になるってどういうことなの?
主人公の姪、緑子は頑固で、そしてほんとうに子供らしい。なぜなら彼女はなぜで頭がいっぱいで、それを怒りに変えていくことが出来るから。そんなこと大人がしたら、周りからはやれやれって目でみられるけれど、子供なら、まぁ子供だしと、許されるから。子供たちよ、怒るのだ。怒る理由なんぞ何でもいいのだ。大人は考えすぎるから、頭が良すぎるから、そしてあの頃を忘れがちだから。。。彼らに教えてあげてください。22歳の私が小学生の緑子になぜか親近感を覚えた。
「おびえ小説」の抵抗
(2008-08-22)
初潮におびえる少女と、自らの外見(乳頭の形)におびえる母親を、両者の間に入ることにおびえる母親の妹が語る。「女」におびえる女しかでてこない「おびえ」小説。この「おびえ」は作者がどこまでも突き詰めて書く小説に「おびえ」ているからでしょうか。意識と身体、言葉と意味という古めかしい構図から一歩も出ようとしないことも、樋口一葉という伝統的な「文学」に依拠することも、「おびえ小説」の小説への抵抗に見えてきます。「武装」している感じ。
典型的なのは、いわゆる饒舌文体なのに、しゃべっているうちに自分がわけわからなくなる、ということがないこと。いや、漢字をずっと書いているうちにその意味があやふやになったり、記憶があいまいになったりすることはあるけど「あー、あやふやだ」と思っている自分は保たれている。典型的な自意識保存小説です。「私」の一体感だけは保つ。そーいう意味では、これから「私」をつくろうとする若者には向いている作品かもしれません。
唯一、初潮前の少女の美しさにほれぼれする語り手(これもどうなの?性以前の女ってロリコンおやじの視線だよ)が、初潮のことばかり考えている少女の意識に感染するかのように、その夜、早めの生理になるところは興味深かった。意識のままにならないものが描かれた唯一の場面。ところがそれさえ生理の処理の失敗として、少女への教訓にしていくんだけど。どこまでも意識化。なんて啓蒙的な。
ラストの母と娘の対決を「言葉が足りない」と思って傍観している語り手の、「言葉でできている意識」を守ろうとする抵抗感が気になって仕方ない小説でした。だから芥川賞なのだろうけれど。余計なお世話だけど、哲学勉強してまーすっていう作品外の身振りだけは、あるところで思考を制限して分かりやすく書いている実態にそむいているし(それが悪いわけじゃない、これから人格形成する若者には逆にいいぐらい)、天然ぶりをさらしているのでやめて欲しい。。。だれか注意してあげればいいのに。
おすすめ度:
わけ分からん
高校生の時に、初めて樋口一葉の『竹くらべ』を読まされたことを思い出した。
早い話が分かりにくい。慣れるのに時間がかかる。もうあかん、耐えられへん。
耐え難い人は、とにかく最初の数ページで大声をあげたくなるかもしれない。
どんなに頑張っても生理的に合わないものってあるんだなと実感した作品でした。
成熟という問題
この本を読んだだれもが、おそらくほとんどの人がまず感じるのは読みにくいということであり、最初の方のページでは助詞なのか単語の尾っぽなのか分別つかない「て」とか「は」に苦戦しながらも、せっかく身銭を叩いて買ったんだから、つまんないと思ったら片っ端から本を捨てるということのできる文学研究者のような身分では自分がないのだからということを思い返して、頑張って読み進めていったら、だんだん文章には慣れてきて、でもこの小説の空気感というか世界観っていうのは、この口語調に特化した関西弁の語りとは切っても切り離せない間柄であり、この語りでないと醸し出せないものもあるだろうなぁ、もしこれを標準語にして書いたら間違いなく死んでただろうなということも思えてきて、こういう関西弁を読めるリラシーを我々読者が身につけたのも、ひとえに関西のお笑い芸人がテレビに毎日映ってくれている今のような世の中のおかげだなぁということに気がついたら、改めて明石家さんまとかダウンタウンに感謝したくなってくるのだけれど、それとこの小説とは全然関係ないないと、もう一回集中力を高めて本文に集中すると、成熟したくない娘と、成熟したままでありたい母の、その二人の葛藤があって、思っていたよりおセンチな話であり、心温まる話であり、芥川賞というのも捨てたもんではないなぁと思い、小説をまねてレビューを書いてみたのだが全くうまくいかなかったのである。
「女」「女」「女」!
文体の独特さは、賛否両論ですが、最初は読みにくかったものの、次第に古典を読んでいるかのごとく一定のリズムを持って心に落ちてきました。関西弁だからこそ、よかったのだと思います。
内容としては、これといったドラマチックなことは何も起こらない(最近の芥川賞の特徴ですね〜)ですが、女性ならではのある意味「えげつない」表現にびっくりしました。夜中に生理がきて、下着を汚したときの描写などは「なんとなく臭いを嗅いでみた」、など、普通の作家では書かないと思います。
この「女」をずばっと前面に押し出した作品は、怖いもの見たさもあり、今後も読んでみたいですね。
読みづらいけど、いいと思う
性の不快さ、不思議さ、不可解さ。自分が願ってもいないのに、体だけが先へ先へと進んでしまう。この気持ちは、なかなか好転しない、なんともやるせなく、苛立たしいあの状況にそっくりだ。
なぜ人は大人になるのか。なぜ胸に脂肪をつけ、そして血がでるのだろうか。なぜで頭がいっぱいになる。なぜをたくさん放出して、きっと皆大人になっていくのかな。単純でいたいけど、単純じゃないんだよ、この世の中は。大人になるってどういうことなの?
主人公の姪、緑子は頑固で、そしてほんとうに子供らしい。なぜなら彼女はなぜで頭がいっぱいで、それを怒りに変えていくことが出来るから。そんなこと大人がしたら、周りからはやれやれって目でみられるけれど、子供なら、まぁ子供だしと、許されるから。子供たちよ、怒るのだ。怒る理由なんぞ何でもいいのだ。大人は考えすぎるから、頭が良すぎるから、そしてあの頃を忘れがちだから。。。彼らに教えてあげてください。22歳の私が小学生の緑子になぜか親近感を覚えた。
「おびえ小説」の抵抗
初潮におびえる少女と、自らの外見(乳頭の形)におびえる母親を、両者の間に入ることにおびえる母親の妹が語る。「女」におびえる女しかでてこない「おびえ」小説。この「おびえ」は作者がどこまでも突き詰めて書く小説に「おびえ」ているからでしょうか。意識と身体、言葉と意味という古めかしい構図から一歩も出ようとしないことも、樋口一葉という伝統的な「文学」に依拠することも、「おびえ小説」の小説への抵抗に見えてきます。「武装」している感じ。
典型的なのは、いわゆる饒舌文体なのに、しゃべっているうちに自分がわけわからなくなる、ということがないこと。いや、漢字をずっと書いているうちにその意味があやふやになったり、記憶があいまいになったりすることはあるけど「あー、あやふやだ」と思っている自分は保たれている。典型的な自意識保存小説です。「私」の一体感だけは保つ。そーいう意味では、これから「私」をつくろうとする若者には向いている作品かもしれません。
唯一、初潮前の少女の美しさにほれぼれする語り手(これもどうなの?性以前の女ってロリコンおやじの視線だよ)が、初潮のことばかり考えている少女の意識に感染するかのように、その夜、早めの生理になるところは興味深かった。意識のままにならないものが描かれた唯一の場面。ところがそれさえ生理の処理の失敗として、少女への教訓にしていくんだけど。どこまでも意識化。なんて啓蒙的な。
ラストの母と娘の対決を「言葉が足りない」と思って傍観している語り手の、「言葉でできている意識」を守ろうとする抵抗感が気になって仕方ない小説でした。だから芥川賞なのだろうけれど。余計なお世話だけど、哲学勉強してまーすっていう作品外の身振りだけは、あるところで思考を制限して分かりやすく書いている実態にそむいているし(それが悪いわけじゃない、これから人格形成する若者には逆にいいぐらい)、天然ぶりをさらしているのでやめて欲しい。。。だれか注意してあげればいいのに。
