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アイテム詳細
安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方 (中公新書)
山岸 俊男
発売:中央公論新社
Amazon.co.jp ランキング:Book で2268位
価格:¥ 798(税込み)/1,500円以上国内配送料無料(一部大型商品は除く)!
発売日:1999-06 /通常24時間以内に発送
山岸 俊男
発売:中央公論新社
Amazon.co.jp ランキング:Book で2268位
価格:¥ 798(税込み)/1,500円以上国内配送料無料(一部大型商品は除く)!
発売日:1999-06 /通常24時間以内に発送
この商品を買った人はこんな商品も買っています。
カスタマーレビュー
おすすめ度:
糸井さんがオススメしていたので
(2008-11-21)
糸井重里さんがインターネット的って本で紹介していたので読みました。
ちょっと難しいかなと思っていたのですが、意外にさらりと読める内容で、
特に、男女の差については、本質的な部分をついていて、30代でまだ未婚の自分には、
考えさせられるような。。。
兎に角、日本の心を取り戻すことからやろうかと思いました。
信頼する人は損か?得か?
(2008-03-17)
タイトルの『安心社会から信頼社会へ』をみると、一般論を重ねたビジ
ネス書の類のようにも見えるかもしれないが、本書は人々が取り結ぶ関
係性のパターン(構造)から(集団主義や個人主義のような)個人の行
動を説明しようとする学術的な試みである(後半の記述からすると、
一方的に説明されるのみならず、相互強化する関係であるらしい)。
社会的な不確実性の存在を縮減する仕組みとして、2つのやり方が提示さ
れる。ひとつめは、よくわからない人とは付き合わず、特定の信用でき
る相手とだけ付き合うというものである。もうひとつが、相手を見極め
る眼を磨いて、信用に足ると見定めて付き合う相手を決める方法である。
もちろんそれぞれに短所があって、前者は特定の相手とだけのつながり
になるので、もっと自分に利益をもたらしてくれる相手とのつながりが
犠牲になっているかもしれない。逆に後者では、相手を見極めるための
情報が足らなかったりして、見誤るかもしれない。
筆者は日本社会がもともと前者の方法で社会的な不確実性を縮減させて
いたにもかかわらず、だんだんと短所の部分が大きくなってきてしまっ
たという。これが「安心の崩壊」である。このような中で、不確実性を
縮減するためには、後者の方法へとシフトされなければならない。しか
し、先の短所がつきまとう。そこで筆者は見極めの材料となる情報をオー
プンにする仕組みづくりを提言している。
他者一般への信頼感の高い人/低い人にまつわる一般的なイメージと実
験によって導き出された結果のズレ。あるいは、2つの社会的知性とそれ
ぞれが適応的な社会環境(見ず知らずの人と関係が広がっていく可能性
の多寡による違い)との関連。上記までの内容を論証する際にこのような
点にも触れている。実験の対象者がほぼ学生に限られている点は実験の性
質上しょうがないことなのだろうが、実験結果を一般化して述べることが
本当にできるのか少し疑問が残るところもあった。ただ、そのような反論
が枝葉末節に思えるほど、説得力があった。
あと、2章で文化を「心の性質」としてとらえる見方と「社会のしくみの性
質」としてとらえる見方の違いについて述べている。例えば、日本人の集
団主義的と言われるような行動パターンを説明する際には、前者なら日本
人の心的側面に集団を志向するような性質を見出し、そこから説明するこ
とになる。それが、後者では、集団志向の行動パターンを誘引する相互監
視の仕組みがあるからだということになる。筆者は後者の立場にたってお
り、また社会科学の主流も後者だろう。よく「日本人は〜だから」という
ような言説を目にするが、その多くが「心の性質」として語っていると筆
者は指摘する。本書の内容から少し離れた部分だが、社会科学的な発想を
学ぶ上では役に立ちそうだ。
安心VS信頼、ではないのでは?
(2007-12-25)
山岸俊男さんの問題意識は、糸井重里氏との対談にあるように、米国の最新研究の成果をもって帰国して発表したら、日本の学会で無視された、という体験を踏まえて「日本の社会は(同質なもの同士で)安心していて、(異質なものの中から選別して)信頼していく力量に欠けている」というものですが、結論として、「日本社会は安心に安住してはいけないのであり、信頼社会に転換せよ」というメッセージには大いに違和感がありました。憤りはわかりますが、その問題の本質は、「自分の地位や利益を守るために学問的成果、理論的な正しさを無視しようとする集団エゴイズム」が学会に巣くっているという不満であり「安心」が悪いのではないと思うのです。問題は「安心VS信頼」ではなく「エゴイズムVS学問的成果を認める公共心」ではないかと思います。
ダニエルゴールマンの「SQ」を見るまでもなく、人間は、家庭内の安心という中で、他人への信頼や社会への適応力が育つ。職場も全く同じであり、安心してこそ、仕事に専念し成長を目指すことができるものです。それは心理学理論と実験成果でも明らかな事実です。
それなのに、山岸理論は、安心の構造を破壊することで、自立した個人としての「信頼の構造」ができると説く。これは危険で間違ったメッセージであると思います。ヘーゲルが、近代国家と自由な個人である国民の間に、企業などの中間組織・共同体があるべきであり、それなくしては、個人は孤独な疎外された存在となると警告しているように、山岸先生などのように「近代的個人」「自立した個人」を、理想化し夢想することは、企業や家庭などの共同体を破壊し現代人の疎外を深刻化させてしまうように思えてなりません。正しくは、家庭や企業や学会などの組織が「集団エゴイズム」に陥るのではなく、常に「公共的な使命」を追求することを忘れない、ことではないかと思うのですが…
ふとしたキッカケで変わる何か
(2007-10-02)
爆笑問題と著者が対談(?)している番組をたまたま目にし、
その時に本書を知りました。
本で紹介されている実験の多くは
番組内で実際に爆笑問題の2人が参加していました。
本の多くは実験の説明・考察・専門的見解で、
心理学的要素と テレビで見たときに著者の研究に感じた斬新さ
を求めた私にとっては、少々拍子抜けの本でした。
パソコンを買い換える時、
メーカーを前と同じものにしようと思ったり
家族が一番"信用"できると思ったり…。
自分や自分の周りを見渡すと、
「安心社会」に安住している人が
たくさんいると気づき、ハッとします。
自分や社会を大きく変えるというより、
ちょっと違う視点を持つキッカケにできたら
本に出会った価値は充分あると思います。
”和”の正体とは!?
(2007-06-15)
「日本人はお互いを信頼し合う”和”を大切にしてきたはず。昨今の不安な社会情勢は各人の心の乱れだ」と誰もが頷いてしまいそうなステレオタイプに対し、著者は「それは心過剰の文化理解にすぎない。社会的環境の変化に伴う人の行動誘因が変わったのであり当然の流れではないだろうか」と鋭く切り込んでいます。
つまり、固定集団内のみの”監視+安心”社会から、流動的集団における”不確実性+信頼”社会への移行時期であり、個々人が自分で考え、判断し、行動する創造的社会適用が大切である。そしてベースとして謂わば判断材料となる情報の透明性、開示がとても重要であると結論付けています。
本書は著者等による社会心理学の研究成果に基づいて議論されています。
調査・実験結果からの一般論への展開には尚早感はありますが、この点は著者も「更なる検討が必要」と認めています。人相手の社会心理学では観測により被験者自体が影響を受けてしまう一種の”不確定性原理”は宿命なのでしょう。
出版から8年程経っているのでその後の進展を追ってみようという気にさせてくれます。
おすすめ度:
糸井さんがオススメしていたので
糸井重里さんがインターネット的って本で紹介していたので読みました。
ちょっと難しいかなと思っていたのですが、意外にさらりと読める内容で、
特に、男女の差については、本質的な部分をついていて、30代でまだ未婚の自分には、
考えさせられるような。。。
兎に角、日本の心を取り戻すことからやろうかと思いました。
信頼する人は損か?得か?
タイトルの『安心社会から信頼社会へ』をみると、一般論を重ねたビジ
ネス書の類のようにも見えるかもしれないが、本書は人々が取り結ぶ関
係性のパターン(構造)から(集団主義や個人主義のような)個人の行
動を説明しようとする学術的な試みである(後半の記述からすると、
一方的に説明されるのみならず、相互強化する関係であるらしい)。
社会的な不確実性の存在を縮減する仕組みとして、2つのやり方が提示さ
れる。ひとつめは、よくわからない人とは付き合わず、特定の信用でき
る相手とだけ付き合うというものである。もうひとつが、相手を見極め
る眼を磨いて、信用に足ると見定めて付き合う相手を決める方法である。
もちろんそれぞれに短所があって、前者は特定の相手とだけのつながり
になるので、もっと自分に利益をもたらしてくれる相手とのつながりが
犠牲になっているかもしれない。逆に後者では、相手を見極めるための
情報が足らなかったりして、見誤るかもしれない。
筆者は日本社会がもともと前者の方法で社会的な不確実性を縮減させて
いたにもかかわらず、だんだんと短所の部分が大きくなってきてしまっ
たという。これが「安心の崩壊」である。このような中で、不確実性を
縮減するためには、後者の方法へとシフトされなければならない。しか
し、先の短所がつきまとう。そこで筆者は見極めの材料となる情報をオー
プンにする仕組みづくりを提言している。
他者一般への信頼感の高い人/低い人にまつわる一般的なイメージと実
験によって導き出された結果のズレ。あるいは、2つの社会的知性とそれ
ぞれが適応的な社会環境(見ず知らずの人と関係が広がっていく可能性
の多寡による違い)との関連。上記までの内容を論証する際にこのような
点にも触れている。実験の対象者がほぼ学生に限られている点は実験の性
質上しょうがないことなのだろうが、実験結果を一般化して述べることが
本当にできるのか少し疑問が残るところもあった。ただ、そのような反論
が枝葉末節に思えるほど、説得力があった。
あと、2章で文化を「心の性質」としてとらえる見方と「社会のしくみの性
質」としてとらえる見方の違いについて述べている。例えば、日本人の集
団主義的と言われるような行動パターンを説明する際には、前者なら日本
人の心的側面に集団を志向するような性質を見出し、そこから説明するこ
とになる。それが、後者では、集団志向の行動パターンを誘引する相互監
視の仕組みがあるからだということになる。筆者は後者の立場にたってお
り、また社会科学の主流も後者だろう。よく「日本人は〜だから」という
ような言説を目にするが、その多くが「心の性質」として語っていると筆
者は指摘する。本書の内容から少し離れた部分だが、社会科学的な発想を
学ぶ上では役に立ちそうだ。
安心VS信頼、ではないのでは?
山岸俊男さんの問題意識は、糸井重里氏との対談にあるように、米国の最新研究の成果をもって帰国して発表したら、日本の学会で無視された、という体験を踏まえて「日本の社会は(同質なもの同士で)安心していて、(異質なものの中から選別して)信頼していく力量に欠けている」というものですが、結論として、「日本社会は安心に安住してはいけないのであり、信頼社会に転換せよ」というメッセージには大いに違和感がありました。憤りはわかりますが、その問題の本質は、「自分の地位や利益を守るために学問的成果、理論的な正しさを無視しようとする集団エゴイズム」が学会に巣くっているという不満であり「安心」が悪いのではないと思うのです。問題は「安心VS信頼」ではなく「エゴイズムVS学問的成果を認める公共心」ではないかと思います。
ダニエルゴールマンの「SQ」を見るまでもなく、人間は、家庭内の安心という中で、他人への信頼や社会への適応力が育つ。職場も全く同じであり、安心してこそ、仕事に専念し成長を目指すことができるものです。それは心理学理論と実験成果でも明らかな事実です。
それなのに、山岸理論は、安心の構造を破壊することで、自立した個人としての「信頼の構造」ができると説く。これは危険で間違ったメッセージであると思います。ヘーゲルが、近代国家と自由な個人である国民の間に、企業などの中間組織・共同体があるべきであり、それなくしては、個人は孤独な疎外された存在となると警告しているように、山岸先生などのように「近代的個人」「自立した個人」を、理想化し夢想することは、企業や家庭などの共同体を破壊し現代人の疎外を深刻化させてしまうように思えてなりません。正しくは、家庭や企業や学会などの組織が「集団エゴイズム」に陥るのではなく、常に「公共的な使命」を追求することを忘れない、ことではないかと思うのですが…
ふとしたキッカケで変わる何か
爆笑問題と著者が対談(?)している番組をたまたま目にし、
その時に本書を知りました。
本で紹介されている実験の多くは
番組内で実際に爆笑問題の2人が参加していました。
本の多くは実験の説明・考察・専門的見解で、
心理学的要素と テレビで見たときに著者の研究に感じた斬新さ
を求めた私にとっては、少々拍子抜けの本でした。
パソコンを買い換える時、
メーカーを前と同じものにしようと思ったり
家族が一番"信用"できると思ったり…。
自分や自分の周りを見渡すと、
「安心社会」に安住している人が
たくさんいると気づき、ハッとします。
自分や社会を大きく変えるというより、
ちょっと違う視点を持つキッカケにできたら
本に出会った価値は充分あると思います。
”和”の正体とは!?
「日本人はお互いを信頼し合う”和”を大切にしてきたはず。昨今の不安な社会情勢は各人の心の乱れだ」と誰もが頷いてしまいそうなステレオタイプに対し、著者は「それは心過剰の文化理解にすぎない。社会的環境の変化に伴う人の行動誘因が変わったのであり当然の流れではないだろうか」と鋭く切り込んでいます。
つまり、固定集団内のみの”監視+安心”社会から、流動的集団における”不確実性+信頼”社会への移行時期であり、個々人が自分で考え、判断し、行動する創造的社会適用が大切である。そしてベースとして謂わば判断材料となる情報の透明性、開示がとても重要であると結論付けています。
本書は著者等による社会心理学の研究成果に基づいて議論されています。
調査・実験結果からの一般論への展開には尚早感はありますが、この点は著者も「更なる検討が必要」と認めています。人相手の社会心理学では観測により被験者自体が影響を受けてしまう一種の”不確定性原理”は宿命なのでしょう。
出版から8年程経っているのでその後の進展を追ってみようという気にさせてくれます。
