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アイテム詳細
古処 誠二
発売:集英社
Amazon.co.jp ランキング:Book で181774位
価格:¥ 580(税込み)/1,500円以上国内配送料無料(一部大型商品は除く)!
発売日:2005-07-20 /通常24時間以内に発送
おすすめ度:
辛いテーマを扱った作品
この作品はエンターテインメントではなく文学であるから、必然的にテーマが似ている大岡昇平の「野火」と比較することになるだろう。正直な感想を言えば、芸術作品としての質という点では、この作品は全く「野火」には及ばないと言わねばならないだろう。人物が多少都合良く描かれているし、なによりどうしようもない状況を描いている割に、人物にヒロイックさが感じられることが気になった。
しかし、それはともかく、私が気になるのが「何故彼が“戦争”を描いているのか」という点である。現在、太平洋戦争を題材に小説を書く作家は、愚劣な三文作家以外には殆どいないだろう。それは当然で、時代の隔たりによる書き手、読み手のリアリティーの希薄化があるからだ。エンターテインメントならいざしらず、文学的なアプローチで「戦争」「極限状況」を描くことは現代作家にとって非常にリスキーである。
しかし、古処氏は「戦争」、「極限状況」を描く。しかもかなりの濃度で。それは彼の作家としての才能だけではなく、この題材に我を忘れるくらい没入したことによって達成されたとしか思えない。それを考えると多少の気味悪さすら、私は感じてしまった。私は彼の作品を初めて読んだが、他の作品も是非読んでみたい。
世界の見方をかえてしまう本
終戦間近のフィリピン戦線、灼熱の中行軍を続ける日本軍。彼らの敵は灼熱でも、連合軍でも、病でもなかった。彼らの真の敵は飢餓だったのである。
本書は、戦争によって極限状態におかれた人間の行動を描いて戦慄を呼び起こす。人間としての尊厳、倫理や道徳といった最低限のルールがあり、人はそれを本能的に尊重するように生まれてきているものだ。禁忌を犯すことに対する恐れは誰の心にでもある。しかし、その禁忌を犯させてしまうほどの状況が現出する恐怖よ。
戦争の罪は広範囲で、その影響は計り知れない。戦争はあらゆるところに入りこみ、その忌まわしい毒牙によって関わったすべての人に一生癒えぬ傷を残してゆく。ただ生きるためだけに、生きたいがためだけに、どうしてこれほどの選択をせまられなければいけないのか?いったい何のために生きるのか?そこまでして生きるのが正しいことなのか?
本書を読んでる間中、堂々巡りのような問いかけが始終頭にあった。
自分ならどうする?もしこの状況におかれたら、ぼくならどうする?
食うのか?やっぱり生きるために食うのだろうか?
平穏な毎日では、決して表出することない問いかけが頭をかけ巡るのである。
極限状態の人間心理と尊厳を保つ最低限のルールを天秤にかけて、物語は淡々と語られてゆく。淡々と、静々と、ことさら煽りたてることもなく堅実に歩調を乱さず。この現実感をどうか味わって欲しい。フィクションではなく、リアルに感じて欲しい。かつて、誰かが経験したであろうこの地獄をどうか体験してみてほしい。そうすれば、世界の見方が変わるかもしれないから。
一気に読んでしまいました。
「死人の肉を食うべからず」
史上最も愚かな通達。
味方であるはずの同胞で奪い、襲い、だましあう。
飢餓がつくる地獄絵図。
戦争のおろかさと、愚直なまでの日本人の姿、それでも仲間を守る精神になんともいえない感覚になります。
この作品はフィクションですが、先日TVで「同胞はみな、参謀・指揮官に恨みを抱いて餓死していった。」と出征されていたご老人が悔しげに語っていました。
外交の失敗を血で償わされるのはいつも末端の一般兵。
人として、戦場で生きるためのルールとは
福井晴敏絶賛、と文庫本の帯に書かれていたが、分かる気がする。追いつめられた状況を淡々と克明に書いている古処誠二。どこか共感できる節があるのだろう。ただ、古処誠二はエンターテインメントを書いているわけではないだろう。
太平洋戦争末期の日本。いつ降伏してもおかしくない状況にいた。フィリピンのルソン島で、鳴神は和泉に小隊の隊長としてゲリラが出没する地域での物資輸送を命じられる。ただそこに待っていたのは飢えるか植えないかの現状。マラリアにも感染し、限界点に近づく中、一人の兵士が米軍機を撃墜した。落ちてきたアメリカ人パイロットと遭遇し、捕虜として連れて行くことになる。
書きたかったものは極限状況の人間。前にも書いたがエンターテインメントの作家でないのは読んでいて明らか。とにかく重たい。それほど分厚くないのだが、やけに密度の濃い内容だったか。読んでいて、文字を追うのが辛くなる。
実際経験して来たものは本作に書かれている以上のものだったかもしれない。苦痛を遙かに通り越した苦痛。飢え。幻覚。死への恐怖というものではないかも知れない。そんなものを知らないし、経験したくもないが、60年前、確かに日本の誰かが経験していたことなのだろう。。だからこそ、ショックが大きすぎるのか。
メインの鳴神、八木沢、姫山、そしてアメリカ人パイロットのオースティン。彼らの生への執着。こんなところで死なないために。出来れば兵士なら兵士らしく死ぬために。ここまで酷だったという悲劇ではあるものも、体をボロボロにしてまでもルールの基に生きることをやめなかった男達のドラマとも言える、のではないか。
オースティンは目の前の状況を見てただ困惑する。人間であって、人間でないものを見ている。戦争での死は、戦場の死だけではないということの現状を。今ではやはり考えられないだろうから、か。オースティンの視点は、今を生きる自分たちの視点ともダブるかも知れない。それだけ、書かれている事は想像を凌駕している。そういう意味で、ただ出くわしただけでなく彼の存在は大きいと言える。
後半分かり始めてくる事実は重たく、そしていかに自分たちが軽く見られていたか。あまりに無力だったというか、残るものがないというか。それが戦争というもの、敗戦という事実でもあるのか。最後に多少のどんでん返しがあるものも、それはタイトルである「ルール」の意味を示すためでもあるはず。姫山の最後の一言がとにかく重い。淡々と書かれてあるから、余計にその重さがひしひしと伝わってくる。
やはり、今だからこそ読むべきか。読み通して欲しいと思う。
戦争文学の復活
この作家の作品はまずサイパン戦のものを読んだ。
その後この小説を読んだ。
兵隊の呼吸が聞こえるようだった。
フィリピンは比島と書かれるが生還者は悲島とあてる。
この小説は悲島に送られた兵隊を書いている。
北部ルソン戦に関心があれば現地部隊の世俗考察に驚く。
ことに兵隊隠語はなまなましい。
大岡昇平で終わっていた戦争文学である。
