「だからさぁ、ボクはこういう儀式が大っ嫌いだって言ってるだろ?
何度言わせるのさ、メレニー。いくらパパの遺言だからって、
こんなに大げさにすることはないんだ。そうだろう?!」
薄緑色の一際輝きを放つ羽を震わせ、エルフの統治する森の奥深くでドミニカは
嘆いていた。
エルフの王族が住まう、エメラルド宮の聖堂でのことである。
つい先達て。
この森のエルフ王が逝去したのに伴って長老らは召集を受けていた。
次代の王として亡くなったエルフ王の嫡子であるドミニカが森を治めるのは決定事項であったが、
王の権力をエルフの民衆に誇示する為にも、息子の王位継承の儀式は盛大に。
……そういい残して亡くなった前の王、グスタの意向を汲んで、
長老らは各地に点在するエルフの森より、来賓として多くの民を呼ぶことに結論が達した。
長老らはいつになく盛大な王位継承の儀式にする為に奔走を開始してたのだが、
当の本人、ドミニカは長老たちの大変な苦労を理解出来ないらしい。
今日も世話役のメレニーは脂汗を額に滲ませていた。
「そ、そう申されましても……。これは古くからの仕来りでございますから。
ドミニカさまのお父上であるグスタさまも王に御なりになる前には盛大な儀式が
催されたと伺っておりますよ」
「パパはパパ、ボクはボクだ。パパの時にはそうしたかもしれないけど、
ボクが同じにしなきゃならない理由はないはずだろう?」
まだあどけなさの残る頬を膨らませ、子供じみて世話役に食って掛かる新王は
当年とって150歳。
長命のエルフにしてみれば、まだほんの子供の年齢である。
前王のグスタが病によって亡くなったのは一月ほど前であった。
グスタ王はエルフの民から最も信頼されるよき指導者であったが、
幼い我が子に対しては誰の目から見ても甘かった。
グスタ王も病に倒れさえしなければまだまだ年若きエルフの王であったのだから、
追々ドミニカにも後継者としての教育を施そうと考えていたのであろうが、
こうなってみればさぞ次の王である我が子のことが心残りであったに違いない。
現に世話役であるメレニーも、新しい王であるドミニカに森の統治を任せるのは心許ないのである。
「ま、まぁ……そうなんですけれど。だけど長老たちはもう準備を始めてますし、
フクロズクの一部は、すでに招待客の元へ飛んでますしねぇ」
駄々っ子を宥めるのも骨が折れる。
ドミニカ付きの世話役であるメレニーは眉を寄せ、ほとほと手の焼ける幼い王に
困り果てていた。
そして、ふくれっ面の幼子はまだへそが曲がったままらしいが、
もうひとつ気になったところを忠告する。
「あ、ああそれからドミニカさま。グスタさまのことをパパとお呼びになるのは
お控え下さいませね。父上、もしくは前の王と……」
言いたくはないが仕方が無い、これも仕事のうちである。
しかし、メレニーに最後まで言わせず、ドミニカは結界が張られた宮殿の窓から
ひらりと身体を翻し、あっかんベーと舌を出して羽をふわりと羽ばたかせたのである。
「わかってるよ、ちょっと口が滑っただけだ! いちいち煩いんだよ、メレニーは!!」
フン、と特大の鼻息で怒りを表現しているのだろうか。
ドミニカは薄い羽を小刻みに振動させて世話役を睨み付ける。
「ドッ、ドミニカさま、どちらにおいでですかっ!」
メレニーが問いかけるのに返事もかえさず、そのまま闇に紛れて森の更に奥へと
飛び去っていった。
「んもーッ!! これだから嫌なんだ。どうしてオレがドミニカさま付きの世話役になんか
なっちゃったんだろ」
まだ世話役として日が浅いメレニーはブツブツとぼやきながらドミニカの去った方向に
目を眇めた。
満天の星空の真下……。
よく生い茂った森の葉が、夜風に靡いて微かな音を立てている。
その葉の間を縫うように、ドミニカの通った道筋には、ぽう、
と淡い残光が糸のように伸びているのであった。
「ちくしょーっ、はいはい。追いかければいいんでしょ?!
どうせオレはしがない世話役ですよ」
くすん、と小さく鼻をすすり上げたメレニーは嫌々ながらも、
こういう時は決まって重い羽を持ち上げるしかないのだ。
宮殿の窓から仏頂面で空へ舞い上がり、クスクスの木の梢を抜けて大きく深呼吸する。
「最近、どの森にもやたらと魔物が出るらしいんだよねぇ……。
ホントはこんな夜更けに飛びたくないんだけど、ドミニカさまにもしものことがあったら
世話役のオレが責任を取らなきゃいけなくなるしぃ」
早くドミニカさまを宮殿に連れ戻さなくては。
メレニーは宮殿の窓を一度だけ振り返り、それから猛スピードで空中を羽ばたいたのであった。