「しかし、あのおばちゃんの芋の煮付けは最高やったなぁ!」
「ああ、確かに旨かった」
セミマルは満足そうに腹を擦り、ミリアムもまんざらでもない様子で傍らのセミマルに相槌を打つ。
3日前……。モンスターに襲われたじいさんの小屋を後にしたクラウド、セミマル、ミリアムは、
そこから程近いクローグの町に立ち寄り、当面の食料や薬草などを仕入れて
バニバル王国へ向け出発したのであった。
それは、数ヶ月前から計画されていた旅立ちであり、3人の中で異存を唱えるものが居るはずも
なかったのだが、思わぬアクシデントに後味悪い出発になったのも事実である。
セミマル、ミリアムはさておき、クラウドの心には暗い、淀んだものが重くわだかまったままでいた。
「なー、クラウドもああいうの好きやろ? じいさんもよう作ってくれたもんな」
昨晩、宿として自宅を提供してくれた親切な老夫婦は、畑でできたという芋と野菜を煮付け
それを食卓に並べてくれた。
セミマルは悪気無く、昨日の美味なる煮つけを賞賛したのだが、にんまりと擦る横っ腹を
ミリアムにすかさずど突かれ「何すんねんなぁ!」と目を吊り上げる。
「デリカシーの無い男だ。じいさんの話は禁句だろうが!」
セミマルの倍以上、目じりを上げたミリアムは小声でデリカシーの無い男に食ってかかったが、
「ギャー! 世も末やで? お嬢の口から(デリカシー)なんて言葉が飛び出してきよった!!!」
セミマルは案の定、冷やかし混じりにおどけて肩をそびやかす。
間髪容れずにミリアムの鉄拳が飛んできたのは言うまでも無い。
2人とも励ましかたにずれはあるものの、クラウドの心中を思いやり、気を遣っているのはよくわかる。
クラウドらしからぬ、どんより曇った表情をいつもの明るい弟分に戻してやりたいとセミマルは
策を練るのだが、今までの道中が愉快なものでなかったことは誰の目から見ても明々白々である。
それでもクローグの町で食料などを仕入れる際には、
これがいいか、あれが欲しいなどとクラウドもはしゃいでみせたものだが、
町を外れ、自分が流れ着いた海岸に差し掛かる頃になると、いつも遠方に眺めたムーン大陸を
仰ぎ、セミマルやミリアムの話し声には耳もくれず、ただただ延々と続く白い砂浜を
黙々と歩くのみであった。
一日目はその海岸を抜けることに終始し、旅人が必ず立ち寄るという灯台に隣接する教会で
宿を求め、二日目はそこから森の中の小道を選んで山裾を縫うように旅路を急ぐ。
日の落ちた薄暗い森の中でモンスターに出くわす度に、クラウドの聖剣は唸りを上げた。
「荒れとんなぁ、クラウドよ……」
自分はモンスターなどにはお構いなしで、のほほんと道中琵琶を演奏しながら
歩くセミマルは、荒ぶる弟分を慰めながらまた琵琶をかき鳴す。
「なぁ、クラウド。マルダのおっさんの話しは聞いてたやろ? じいさんは無事や。何もそないに
心乱すことはあらへん。なんや、オレの知らん間にモンスターの親玉が出てきた
ようやけど、それかて今は影も形も見えんのや。とにかく、お前さんは
これから船を手に入れる! そんでもって、おかんを探しに行くんや。
長いこと会えへんかったおかんに会いに行くんやでぇ? そないな辛気臭い顔してたら、
男前が台無しやがな〜〜!」
幻想的なメロディーに乗せて懇々と説教を垂れるセミマルではあったが、
その説教を聞くともなしに聞いていたミリアムは眉間に深い皺を刻む。
「……お前こそ、私の話を聞いていなかったとみえる」
拳を握り締めて、ぎりぎりと奥歯をかみ締め……「昨日も話ただろうが!」と怒りもあらわに
右手をセミマルの腹目掛けて抉り込ませた。
ミリアムが神経質になるのも無理は無い。
クラウドが心を曇らせるのは突然消えたじいさんの心配ばかりではなかったからだ。
燃え盛る炎の中でもその声を聞いただけで全身に震えを催すような、
黒衣を纏った影が叩き付けた、尤も聞きたくなかった母親の最悪の安否。
『お前もいっそこの炎で焼かれてしまえばよかろう? 母御と同じようにな』
毒を思わせる、赤々とした唇から紡ぎだされた言葉が、クラウドの胸に暗い影を落としている。
その影の言葉を聞いた瞬間に、自分の希望が音を立てて砕け散り、
心臓は鷲掴みにされて悲鳴を上げた。
旅立つ最大の理由であった、母の消息がぷつりとそこで切れた気がした気がして、
気力そのものが萎んでゆく。
「なんや、親玉がアホなこと抜かしたらしけどな、そんな得体も知れん奴のたわごとなんぞ、
ほんまに信じとるんやないよな? オレは絶対信じてやらんもん!」
間一髪のところで、鳩尾にヒットするはずだった怒りの鉄拳をかわしたセミマルは
プンと、年甲斐もなく……しかも可愛らしく(?)口をアヒルのように尖らせる。
そんなセミマルの仕草に、ミリアムはもう何も言うまいと深いため息を洩らしたのであった。
手のひらで表情を覆い、何を言っても無駄だと諦めたようである。
言いたいことは全て終わったか? と辛辣な言葉を向け、近くの木の幹にどっと寄りかかった。
「そうだね……オレも信じたわけじゃないけど、だけどどうしても気になって仕方が
ないんだ。じいさんのこともまだ拘ってる。マルダさんは安全なところに移したと言ったけど、
どこでどうしているのか……」
さらさらと風になびく銀髪の奥に無理して笑顔を作り――だが、クラウドは語尾を濁してマルダから手渡された
袋を強く握りしめた。
旅立った晩に、教会で中身を検めた袋の中身は、古ぼけた地図の切れ端と、
中心に光る石を配した銀のクロスであった。
走り書きしたような手紙には、じいさんの懐かしい文字が並んでいた。
『とうとう、旅立ちの日が来たようじゃな、もしどうしても困った
ことがあって、わしを思い出したのならば、この地図にある山の麓で待っている。
袋にあるクロスを身につけて、山の麓の町(リチア)に来るんじゃ。
お前たちの旅の無事を祈っておるよ』
少し厳しい気もする文体は、じいさんの大きなごつごつした……でも温かな手の感触を甦らせる。
教会の冷たい石の床で、牧師が好意で貸してくれた厚手の布の上に腰を据えた
3人は思い思いにそれを読み、多分皆、まんじりともせずに朝を迎えた。
神経がささくれ立ったクラウドは、何度も寝返りを打ちながら心の中ではずっとじいさんとの
思い出を反芻し、母親の無事を祈るばかりであった。
そうしてこの数日は食べるとなく食べ、眠るとなしに眠り、
ミリアムと共に行く手に現れるモンスターと戦闘を繰り広げ、自分たちの道を切り開いてきた。
今まで遠くに眺めていた稜線の向こう側に到着するのもあと僅かというところであった。
一方、昨晩3人が宿をとった民家で振舞ってもらった芋の味を思い出し、
それが元で発展した言い争いはミリアム優勢のまま延々と続いているようである。
論議はずれた方向に傾いているが、2人の攻防は傍からみれば笑えるもので、
「デリカシーという言葉の意味を理解していないくせに、私のことを笑うわけか、
いい度胸じゃないか……。手討ちにしてくれる」
眉間に青筋をたてるミリアムが、指をボキボキと鳴らせば、
「せやかて、お嬢があんまし面白いこと言うもんやから、つい本音が出てしもただけやんかぁ……。
まぁ、そないにいきり立たんと、兄さんもう年寄りやからお嬢の相手するんは
骨が折れるんや、あ、骨が折れるゆうてもほんまに折れるわけとちゃうで?
ちと、シンドイいう意味やけどな」
ゲホゲホ、と年寄り臭い……わざとらしい咳払いで、セミマルはそれを煙に巻くつもりのようである。
「いや、もう(しんどい)ことが永遠に無くなるように、ここで引導を渡してやる」
不敵に微笑むミリアムの言葉は冗談に思えないから怖いのである。
整った容姿の女剣士に切れ長の目でぎろりと睨まれると、がたいのいい大男でも立ちすくんでしまうだろう。
(わわわ、まずい……!)
ますます険悪になる2人の様子に気づいたクラウドは、はっと我に返り
セミマルとミリアムの間に割って入ろうとしたのだが――。
もうすぐ、関所に差し掛かるその場所で、クラウドの耳の奥に何か呻くような小さな声が忍び込んできたのである。
今日でクローグの町から出発して3日目。
今しがた、バニバルとの国境にある山道に突入し、細く続く坂道を関所に向かって下っている最中である。
ある程度ならされて歩きやすくされた旅人専用の通路の両脇は、落葉樹と常緑樹が雑多に生い茂り、
名まえもわからぬ草花や蔦が樹木から零れる陽の光を逃すまいと、懸命にその手を伸ばしていた。
日が高いこともあり、モンスターにも出くわすことのないその山道は小鳥のさえずりさえ聞こえ
セミマルとミリアムの浴びせ合う怒声を除けば穏やかな風景が広がっているというのに、
2人の喧々諤々とした言い合いの途切れた空間から
ううう、とその場にそぐわないその声は聞こえてくるのである。
「ううううう、何か食わしてぇな……」
どこかで聞き覚えのあるその言い回しは、蚊のなくようなか細い声で再びクラウドの耳に忍び込んでくる。
この際、いつまでも睨みあっているセミマル、ミリアムのことは放っておいて、
クラウドはその声のする方へと足を向けた。
「ちょ、ちょっと待ちぃな〜〜!」
クラウドを盾にミリアムの手ひどい仕打ちから逃れようと企んでいたセミマルは、
腰の丈ほどもありそうな草の中へ分け入るクラウドを慌てて追いかけた。
「どうしたんや? いきなりこんな草むらに……なんぞ、おかしなものでも見つけたんか?」
横に並んで歩き出したセミマルが、内心ミリアムから逃れられた嬉しさにほくそ笑みながら
付いてくることは間違いない。
「うん。誰かいるみたいだ――」
「モンスターではないのか? いや、あの特有の嫌な匂いは感じられないが」
まだ眉間に皺を寄せたままのミリアムも不承不承のうちに2人に同行し、
進行を妨げる草をなぎ払いながら周囲に注意を促す。
「ここら辺からだった気がするけどな」
クラウドが先ほど声の聞こえたあたりに見当をつけて足を止めると、そこは大地から空に向かって
大きくそびえるブナの木の真下である。
蔦を絡ませたそれに身体を預けたセミマルが、「なんも聞こえんで〜?」と大きな身振りで耳を澄ませる。
んー? と足元の小岩に上り、爪楊枝のような目を営業用に切り替えて遠くを眺めるような仕草を
したのだが、上った小岩のぐにっ、とした感触に一歩遅れて気がついたようである。
「な、なんやねん……これ」と、そこから飛びのき、ブナの木の裏にいたクラウドにひっしとしがみつく。
「そっ、そこの岩……ぐにゃっとけったいな感触やった!!」
青ざめた形相のセミマルは、自分の足を置いた小岩の辺りをおっかなびっくり指差した。
愛用の琵琶と一緒に、抱き込むような恰好でセミマルに飛びつかれたクラウドは、
痛いよ、セミ、と顔を顰めたのだが、そんなこともつかの間。
「痛いがな……。俺は岩とちゃうがな……」
セミマルが岩だと思い込んでいた(モノ)の反応は意外と早かった。
いつも耳慣れた(クイダオーレ弁)で喋るその(モノ)は、草むらでごそりと動き、
ミリアムは、それに危機感を抱いたのか素早く身構えて揺れる草の下に存在する何かを睨みつける。
そうしてそこへ歩み寄るクラウドに「不用意に近寄るな」と噛み付くように叫んだが、
ふむむ……と首を捻るセミマルは、小岩と思い込んでいたものに何かを感じ取ったようである。
「んにゃ、ちーと待ってや。この声――どっかで聞いたことがあんねん」
セミマルがいつも使うクイダオーレ弁。
それを使いこなす小岩は、ジャバンニ出身の小岩なのだろうか?
「うん、だけど、嫌な感じは全然しない。どっか、セミに似た気を感じるんだ」
疑いのかけらもないクラウドの態度に、ミリアムも心持ち身体の力を抜いてその行動を見守るつもり
になったようである。
自分の身体が見えなくなるほど伸び放題の草の中に身を沈め、声の主を探す
クラウドに半信半疑ながらもセミマルはその手元をゆっくりと覗き込む。
まずは、胴体部分が現れ、次に頭部が露になり……どうやら人間の男らしいと判別できたところで、
セミマルはそれこそ腰が砕けるほどに驚駭したようである。
「お、お前……メイデイやないけ……!」
同時に呆れたような、拍子抜けしたような……。
セミマルの妙に懐かしげに相手の名を呼ぶ声が雑木の中にこだまし、
メイデイと呼ばれた大地に蹲る青年は、へへへ、と力なく腕を掲げたのであった。
「あ〜〜、奇遇でんなぁ……。アニさんとこんなとこでお目にかかれるとは」
にたりと笑んで、ばたりとその腕を地面に落とす。
「お前の知り合いか?」
訝しげに、メイデイを上から見下ろすミリアムに、セミマルはそうや、と頷いてみせた。
「せや、オレの弟分や。メイデイいうてな。一緒に諸国を旅したこともあるクイダオーレ人や!
せやし……こいつ、なんでこんなとこで昼寝してたんかいなぁ。のんきなやっちゃ」
(のんきなのは、セミの方だろ……)
久々の再会を果たした、クイダオーレ人2人……。
このメイデイという青年が、どんな男なのか……クラウドとミリアムには見当のつけようもない。
「こんなとこで寝とらんと、早よう起きや〜〜〜!」
メイデイの耳元で叫ぶセミマルを、2人は冷ややかな視線で横目に眺めたのであった。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※
「あぁ、皆さんおおきに! これでやっとまともに喋れますわぁ……」
バニバル王国へ無事入国後、そこで一番先に目にとまる食事処でメイデイは大いに飲み食いし、
えろう、すんませんと3人に頭を下げた。
バニバル城のお膝元であるこの『ロフォファイン』は、さすがに港を持つ町だけあって、
新鮮な魚介類をおいしく食べさせてくれる食事処が多いらしい。とり合えずと飛び込んだこの店も
港であがったばかりのマンモスフィッシュや、鬼鮫を香ばしくムニエルに仕立て、
出来立てあつあつを食べさせてくれる。
メイデイは勿論のこと、他のメンバーも三人三様にその料理に舌鼓を打ち、食事が済んだところで、
そのうちのクイダオーレ人2人は昔を懐かしみながら話を始めたところである。
「アニさんには、昔っから世話になりっぱなしで……すんません」
人心地ついたらしいメイデイが、やっとまともに言葉を発すると、
バニバルに入国するまで、メイデイを背負って歩いてきたセミマルは、ほんまやでぇ……と苦笑う。
「いくら腹が減ってたかて、お前なんであないな場所で寝てたんかいな」
自らも昼食を平らげてから店の奥に引っ込んでいる女将を呼びたて、茶を所望したセミマルに、
メイデイは「アニさん、相変わらず面白い突っ込み方してくれますな」と豪気に笑う。
「せやし、アニさん……俺は別に寝てたわけとちゃいますのや。実はここの王さんから最近御触れ書き
が出されましてな。それを目にした俺は上手い事やらしてもろて一旗上げようと思うとりましたんや。
せやけど、その御触れ書きの内容言いますんが、考えてた以上に難儀な代物でしてな」
一変して情けない顔で頭をかくメイデイの説明に、やはり席を同じくして昼食をとっていた
クラウド、ミリアムも興味深く聞き入っていた。
ぽつりぽつりと、自嘲的な笑いを交えながら話すメイデイによれば、その王の触れ書きというのは、
ここから城下町の中心部に入れば至る所で目につくという立て札にて知りえたものらしい。
メイデイがバニバルの城下町、現在地でもあるロッフォファインで集めた情報と照らし合わせれば
どうやら、ここバニバルの王アシャールは現在病に臥せっているのだという。
原因は、王の娘……つまり、この国の王女にあるらしいのだ。
「御触れ書きの内容はこうですわ、なんや、二ヶ月ほど前からこの国のお姫さんが
行方知れずになってしもた。そのお陰で王さんは夜も眠れず、ついには心配するあまりに
床に伏せってしまわれたー、いうんですわな。
家臣もあちこち手を尽くしてお姫さんの行方を探したしたらしぃですわ。
せやけど、どーしても見つからん。どこぞに姫を見つけ出せる者がおったら、是非お願いしたい。
姫を探し出せたモンには、何でも望みの品を褒美にとらす、いうことでんな」
興奮のあまりか、途中から息も付かせぬほど、鬼気迫る勢いで喋るメイデイに
横で食後の茶をすするセミマルは、ふんふんと適当に合いの手を入れる。
「それで、メイデイさんはその王女を捜しに行ったんだね? でも、それと
あそこで倒れていたのに、どう関係があるんだろう……」
説明を聞き漏らさぬよう、真剣な面持ちで聞き入っていたクラウドが素朴な疑問をメイデイに向けると、
メイデイは、はふ〜、と息を付いて「そこでんがな」と顔を顰める。
「どうせ、お前のことやから姫さんを探しに出かけて道にでも迷うたんちゃうんか?
昔っから方向音痴やからな」
話を茶化してせせら笑うセミマルであったが、そんな兄貴分をムッとした表情で
睨んだメイデイである。
「ち、違いますがな! いや……まずは順を追ってお話ししたいと思いますわ。
実は俺――。今港のすぐ傍にある(ルイーダ)ちゅー酒場で料理人見習いをしておるんですが」
おずおずとメイデイが口を開くとセミマルはテーブルに身を乗り出し、ほほうとその近況談に興じる。
「お前、今は料理人をやっとんのか?! さすが『モッツアレーラ』に修行に出かけた
だけのことはあるなぁ! 元々料理が得意やったしな。」
セミマルは我がことのように喜ばしく目を細め、メイデイの現在の職に感嘆の声をあげたのである。
そしてそれに応えたメイデイは照れ笑い、
「ええ、昔はよくアニさんにも手料理を食べて貰いましたもんなぁ」
感慨深げに遠くを眺めるような仕草をみせたものだが、
一時もすると、話を促すような3人の視線に気づき、慌てて再び口火を切った。
「で、ここからが本題ですわな。その俺が働いている酒場に……なんですが、一風変わった占い師が居るんですわ」
ここから淡々とした口調で語り始めたメイデイによれば、
現在メイデイの働く酒場に、占いを生業とする男が現れたのがつい半月ほど前。
男は酒場で客をとり、その客に自分の占いを毎夜披露しているとのことである。
よく当たると大層な評判で、酒場の客引きにも一役かっているらしい。
酒場の大将もえらく男を気に入っているようである。
店を閉めた後に食事を振舞うことも多かった。
メイデイは度々大将に頼まれ、その占い師のためにまかないを作ってやったのだが、
『旨いな、この飯』
普段、客以外とはほとんど口をきかない男が、ある日メイデイの料理を食し、
ぼそりと褒め言葉を口にしたことで、2人の距離は一気に縮まったのだという。
あまり占いに興味が無かったメイデイではあるが、
互いに諸国を巡った旅人であるということがわかると、いつまでたっても話題は尽きず、
夜空が白んでくるまで語り明かしたこともあった。
「そうして、ある日のことですわ。俺はその男の占いがほんまに当たるんやろかーと
えらく興味を持ちましてな。あの御触れ書きにあるお姫さんの行方を占ってもろたんです。
男はお姫さんはここから……酒場から北西に約6マイリほど行った場所に必ず居るいうんですわ。
せやから、俺はそこ目指して出発したわけなんですが……何しろ夜でしたしな。
足元かて暗くてよう見えん状態やったですしぃ」
語尾を弱弱しく終わらせたメイデイは先ほどとは打って変わって、叱られた子供のようにしゅんと
顔を伏せてしまう。
どうやら、セミマルが言ったことは図星だったようで、メイデイはばつが悪そうににテーブルの下で
両手を揉み始めた。
「しっかり道に迷ってしまったわけだな。それでどのくらい王女を捜していたんだ?」
「その……今日で丸5日ですわ」
「たった6マイリの場所にたどり着こうとするのに、5日も探し歩いていたんですか?!」
ミリアムの質問に答え、そしてクラウドに駄目押しされたメイデイは「えろうすんません」と
その身体を萎縮させる。
「んでまぁ、お前の事やから、食料も水もそないな準備はしておらんかった、ちゅーんやろが?
探し歩いているうちに道に迷うて、腹も減ってどうしようもなくなったんやな?」
「ご名答……アニさんには隠し立てできまへんな」
腹を括ったのか、素直にセミマルの言う推測を肯定したメイデイはへへへ、と照れ笑う。
どこか憎めない青年である。
「しっかしな、その占い師……オレかて、ちと興味あるでぇ? ホンマにその姫さんの行方を
占ったんだとしてや、それが当たるのかも大いに気になる。どや、クラウド、ミリアム。
その行方知れずの姫さんを探しに行く気はないかいな?」
食後の茶をずずっ、と飲み干したセミマルは、そんな突拍子もないことを口にする。
「だが、そんなことに関わっていてはこの地を離れるのが遅くなる」
真っ先にそう反対意見を述べたのはミリアムである。
確かに、ミリアムもメイデイの話しには興味があった。
しかしながら、早く母親を探しに行きたいというクラウドの心中を見越して、それを代弁しているのである。
クラウドに軽く視線を流し、ミリアムはその表情を伺っているようでもあった。
「オレは構わないよ、ミリアム。面白そうだし、メイデイさんの手伝いが出来るなら
それもいいさ。今更急ぐ旅じゃないしね」
心の底から、久しぶりの笑顔を皆に振りまくクラウドに、ミリアムもそうか、と珍しく微笑んでいる。
ずっと、じいさんとのあんな別れを引きずり、母親の安否ばかりを気にして過ごしてきたクラウドに
は、気分を切り替えるいいきっかけになるかもしれない。
セミマルもきっと、そう感じての誘いであったのだろう。
「よっしゃ! そうと決まれば、善は急げや。なぁ、メイデイよ。その姫さんを探し出した
後に貰えるいう褒美やけどな。オレらにも山分けしてくれへんか? ……まさか、嫌なんて言わんよなぁ。
お前ひとりやったら、その場所にすらたどり着けんのやから」
にんまりと、褒美の山分けを催促するセミマルに、メイデイはがっくりとうな垂れて、
「アニさん、さすがしっかりしてまんなぁ……。わかりましたわ、ほならまず先に、俺の職場でもある
酒場にご案内します。きっと今日も居てますやろ、その占い師」
諦めたように眉毛をハの字にして兄貴分をじっとり見つめるメイデイに、セミマルは満面の笑みで応える。
「しかし、酒場ならば夜を待たねば開かないだろう?」
身支度を始めるメイデイに尋ねるミリアムであったが、メイデイはいんや、大丈夫でっせ? と、手のひらを
ぶんぶん振って少しばかりの荷物を肩に背負う。
「あの占い師。昼間はその酒場の前で占いをしておるんですわ。きっと今日も昼過ぎからお客を占ってる
はずでっせ? ああ、そうそう、これは俺がお姫さんを探しに出かける前の話しなんやけど……。
なんやあいつ、妙なことを口走ってましてな……そやから、もしかしたらその男の言うことが全て当たる、いうわけや
ないかもしれませんのや。せやけど、念のためにもういちど会っておいてもええかなと」
王女探しに皆が協力するということが本決まりになり、それを行動に移す時点になって、
その件の占い師に全幅の信頼を寄せてはいなかったのであろうメイデイは
少々不安に思ったのか、自信無さげに皆の意見を求めた。
クラウドはメイデイの妙にひっかかる台詞に戸惑い、その意味を訝りながらも尋ねてみたのである。
「妙なこと? メイデイさん、その占い師は何て言ってたんですか?」
だが、メイデイは大したことやあらしまへんとクラウドに向けて破顔したのである。
「いやぁ、それが可笑しなことですわ。あの男がいうことには何でも5日後……つーことは今日でんな。
俺があの酒場で占い師に会ったんがちょうど5日前のことやから。
占い師の男は、今日。このバニバルに勇者の一行が姿を現す、いうんですわ。
勇者はまだほんの子供……16、7で、お供には女だてらに剣を振り回す戦士がひとり。
笑えるんが、その一行に(遊び人)がおるいうんですわ! そんな女子供の一行に、遊び人まで加わって
どこぞでままごとでもするんかいなーて、言いたくなりますやろ?」
くくく、とさもおかしそうに腹が捩れるほど笑ったメイデイである。
ひとしきり笑ったところで、何気なしに席を同じくしたメンバーの面々を眺め、うっ、と息を飲んで顔色を変えた。
「あ、あのぅ……。もしやと思うんやけど、アニさんらその勇者の一行とちゃいますよね?」
素早く愛想笑いに切り替え、額に汗しつつもそれを否定する言葉を期待しているのか、メイデイの
視線は3人の間をせわしなく泳ぎ始める。
クラウドは困ったように黙り込み、ミリアムは頭から湯気が出そうな勢いで憤慨していた。
「ままごとの剣遊びで悪かったな」
酷く機嫌が悪そうな声色で呟き、むっつりとご機嫌斜めに、そっぽを向いてしまうのであった。
「ええぇぇぇ! じゃーアニさんらがその勇者の一行なんでっか?!」
パニックに陥ったメイデイはあたふたと両手を振り回し、尚且つ店じゅうに響くほど絶叫して
次から次へと玉のように噴出す汗を拭うことも忘れ、たった今立ち上がったばかりの椅子にへたり込んだ。
「うんにゃ、こら面白くなってきたでぇ! オレは是非、その占い師に会うてみたくなった。
そいつは何て名前や? どんな占いが得意なんや? な、メイデイ」
セミマルは上機嫌でテーブルを回り込み、メイデイの更に情けなくなった顔を覗き込む。
メイデイはといえば、ぷしゅ〜、と気が抜けたように、檜の椅子に腰を下ろし空気の抜けた風船の態である。
のろのろと頭をあげると、えろうすんません……またそう口にし、緩慢に口を開いたのであった。
「その占い師はなんや(タロット)とかいう占いが得意らしいですわ。他にも水晶とやらを使うて遠見を
したりするらしですけど……名前は、確かタロットのジョーカー言いましたかな」
それだけ言うとメイデイは撃沈……とばかりに、テーブルに突っ伏してしまう。
「タロットのジョーカー。どんな男やろ。これはますます興味深いでぇ!」
鼻歌交じりにセミマルはそくささと愛用の琵琶を背中に背負う。
撃沈していたメイデイが復活するのを待って、4人はその謎の占い師……ジョーカーのいる酒場を目指したのであった。