「おのれぇ、そこへなおれっ。この腰抜けめ!!」
「嫌だ。もうこれ以上やりたくない」
「ふざけたことを……叩き切ってくれるっ」
木刀独特の、乾いた音が地面に響いた。
投げ出された木刀の代わりに、ミリアムは鞘から剣を引き抜く。
ギリリとクラウドを見据えて、顎でかかってこいと命令する。
「まぁ、まぁ……お二人さん。そう毎度毎度噛み付き合わんでも……」
ひょろりと長身の男の声が仲裁に入ると、
ケンカを吹っかけたミリアムはムッとしてその男を斜めに見上げた。
「……あんたは黙ってな。あたしゃーこのフヌケ野郎を叩きのめさないと気が済まない
んだ。女だからと思って馬鹿にしていやがる」
スラリとした身体にピッタリと吸い付くような、緋色の繻子を纏い、
その上に戦士が身に着ける鎧を装備したミリアムは、
美しい長い髪を風に靡かせてクラウドに牙を剥く。
一見すれば美少女であるにも関わらず、彼女はそこいらに転がる下手な男よりも雄雄しく、
そしてプライドも高い。
「クラウドぉ……お前さん、また手加減したんかいな? あれほど
手加減したらアカン、本気でやったりてアドバイスしたのにぃ……」
イケズぅ……と腰をくねらせてにやつくのは、遊び人本来のスタイルなのだろうか……。
遥か東方にあるという島国。
ジャバンニの「クイダオーレ」出身であるセミマルは、
そこに古くからあるという<琵琶>を大事そうに指先で愛でながら
いつも間延びした喋りで、人をからかうのが至極の楽しみであるようだ。
だが、そんな風でいて仲間の仲裁を買って出るのも彼の役目である。
「んで、今日はどないしたん? 最初から見てたわけとちゃうからなぁ……。
はい、んじゃあクラウド、説明したって」
ポンポンとクラウドの肩を叩き、セミマルはその頭までもぐりぐりと撫でてくる。
他人を自分の中に取り込んで、うまく手玉に取るのもお手の物である。
頭を撫で回され、完全に子供扱いされたクラウドはお手上げとばかりに
苦笑う。短く言葉を吐き出して、大地にどっかと腰を下ろした。
「いつもの事だよ。お察しの通りさ」
「ははぁ……ん、さては剣の稽古しとって、とどめの瞬間に寸止めでもかましたんやろ」
またかいな、とセミマルは笑い、しかしそれと反対にミリアムは
いかにも気に食わないとばかりに鋭い剣を地面に突き刺す。
「互いに木刀を使用して剣さばきを確かめ合った。これからの戦いに必要だからだ。
共に戦う相手の呼吸を知ることも大事な事だ。だが、こいつは本気でやろうとしない――。
間合いを計って絶妙に踏み込んできたくせに、眉間に振り下ろすはずの
木刀を、寸でのところで引いたんだ。馬鹿にしていると思わないか?!」
美貌を歪めたミリアムの怒声にセミマルは、お嬢あっぱれ、と囃し立てたが、
クラウドはそっぽを向いたまま「出来るかよ」と呟く。
「だから、そこになおれと言っている。あたしが避けられないと踏んで
そういう行動にでたんだろう?! 甘く見られたもんだな」
憤慨するミリアムの言い分も尤もであった。
女性戦士としての彼女の成長は日々目覚ましく、剣の使い手としての
並外れたセンスのよさは、誰もが一目置いていた。
夜の街を徘徊する小物のモンスターならば、ミリアムが剣を一振りするだけで、
ゆうに3匹は倒せるだろう。
身のこなしも素早く、それでいて華がある。
以前、深夜の盛り場で踊り子にならないか、とスカウトをされそうになった
時の事を思い起こせば知らず鳥肌が立つのだが……。
ともかく、彼女は自分を女性と侮る男が許せないようである。
元は魔法使いを多く輩出したというムダムルーダ出身の若き女性戦士は、
攻撃から防御。それから回復までの呪文を一通りマスターした呪の使い手でもあるのだ。
「まぁまぁ、勘弁したってや、クラウドもミリアムの顔に傷を付けたなかったんやろ。
こんな別嬪さんを傷物にしたら、責任を取らんと親御さんに合わせる面がないしなぁ」
うんうん、と頷くセミマルだったが、ミリアムはそれさえも差別だと言っていきり立つ。
だが、のんびりと語を継ぐセミマルはそんなのお構いなしである。
「まぁ、まぁ、ええんちゃうのぉ? それがオレらがクラウドのええところや。
さあ、もうそないなことでケンカすんのはやめやめ。
……ああ、見てみぃや。いい風が大地を渡りよる」
そう言ったセミマルの頬に、座り込んでそっぽを向いたクラウドの髪に――。
そしてまだ腹の虫が納まらぬミリアムの心を静めるように、大草原を一陣の涼風が通り過ぎる。
緑の稜線から吹き降ろすそれは大地にしっかりと根を下ろす一面の草とその影を揺らし、
壮大に広がる海へと駆けてゆく……。
珍しく大地から海へと吹く風はクラウドたちに囁いているようであった。
時は満ちたと。
旅立ちは今だ、と。
頬や腕に優しく触れる涼風に、3人は遠方に霞むロドル海を眺めた。
――あれから10年。
クラウドの村が魔の手によって滅ぼされ、彼が村人から希望を託されて
夜の海原を渡った日から10年……。
あの日、運良く海流に流されてクラウドが行き着いた先は、
オークという大陸の東に位置する海岸であった。
故郷……トルンが猟師町であった為に、クラウドの母親はその辺一帯の潮の流れを
熟知していたのである。
クラウドの故郷に面する潮の流は時間ごとに不規則に変化する。
夜の流れに船を任せれば、この大陸にたどり着くのを、
母親はきっと分かっていたに違いない。
こうしてあの晩のことを振り返れば、嫌でも母親の泣き顔が脳裏をかすめる。
噂に聞けば自分の故郷が存在する大陸は、
昼でも小悪魔が出没する、治安の悪い場所へと変貌したのだという。
「行こう、今日が旅立ちの時だ……そんな気がする」
幼い頃のおぼろげな記憶を瞼に描きながら、クラウドは太陽を背にして立ち上がった。
その体に寄り添うように、母親から受け継がれた聖剣クラウソラスがしっくりと鞘に納まっている。
クラウドと一緒に夜の海原を渡り、それ以来片時も手放したことのない剣である。
「じいさんに挨拶してくるよ」
風に髪を洗わせてクラウドが草原を滑走すると、あたしも行くと、ミリアムが剣を鞘に収める。
ほいほい、行きまひょかとセミマルも後に続く。
草原を下れば、ジルコンじいさんの小屋がすぐに臨めた。
今頃は、クラウド達を待ちながら、昼の用意をしていることだろう。
子供が望めなかったジルコンじいさんは、あの晩浜で泣いていたクラウドを
自分の小屋に連れてきて今まで面倒を見てくれた、恩義のある人物である。
クラウドが生まれた日のことも、彼は遠い大陸からの風の便りに聞いていたのだという。
『……んじゃぁ、おめがあの神の子と噂されるわらしかぁ!
確か、名前が(クローダ)だったかなぁ?ほんに苦労が多そうな名前だぁ……』
『ううん、違うよ。ボクの名前は(クラウド)なんだけど……』
『あぁ、すまんのう。(クラウズ)か!』
『……ううん。うん。なんでもいいよ』
人の良さそうなジルコンじいさんの顔と、温かい言葉に
あの夜のクラウドはほっとしてまた少し泣いた。
「おうおう、スープがしょっぱくなっちまう。さ、もう泣かんと……たんと飲めや」
じいさんは皿にぽたぽたと涙を落とすクラウドの頬を自分の袖で拭い、
当時は一枚しかなかった毛布で、その幼い体を優しく包んでくれた。
まぁ、少々ずれたご老体であるのだが、母親と引き離されたクラウドが
今までどんなに彼に救われたかは、言わずも知れたことであろう。
クラウドはジルコンじいさんから様々なことを学んで育った。そして
普通の子となんら変わりなく扱われ、愛情を注がれて今日に至った。
「じいさーん、今日がその日だ!」
クラウドは小屋に向かって大声で叫んだ。
輝く瞳には、力強い生気に満ち溢れていた。
クラウドが小屋を目指して斜面を滑ると、ミリアムもセミマルもその斜面を一気に下る。
まずは手始めに帆船を手に入れなければこの海峡は渡れない。
それは幼いころからじいさんに教えられていた知識のひとつであった。
海を渡ろう。
そしていつかは自分の故郷へ戻る。
母親の生死さえわからないけれど、そこにはきっと何かが待っているはずである。