「お客様、その奥は売……」
待ち構えていたとばかりに飛び出してきたこの前の新人店員は、最後までセリフを言わせてもらえなかった。圧倒的な迫力で、しいちゃんが大声をあげて遮ったからだ。
「んなこた、わかっとるわいッ! おっちゃんに用があるんじゃ、通してもらうで」
骨董屋に入るや否や、ものすごい勢いで奥に突き進んだしいちゃんは、ガイコツくんが危惧したとおり、最初からケンカ腰である。
すると、例によって慇懃無礼な支配人がしずしずとやってきて、
「お客様。あいにく、ただいま社長は不在でございまして」
「不在……? どこ行っとんのよッ!」
「それは、ちょっと……お教えいたしかねますが……」
支配人は、余裕の笑みさえ浮かべ、落ち着き払ってそう言った。
バカにしくさって……。しいちゃんは顔面パンチをかろうじてこらえた。
「なら、帰ってくるまで待たしてもらおうか」
「申し訳ございませんが、それもちょっと、ご遠慮願いましょうか。社長の帰社予定はっきりしておりませんし……さて、明日になるやら、あさってになるやら……」
憎たらしいほど冷静な態度を崩さず答えながら、今度は本当に、最後にくすくすと支配人は笑い声をもらした。
ブチブチッ! ついに、しいちゃんの堪忍袋の緒が切れた音だ。真後ろのガイコツくんにだけは聞こえたらしい。「や、やばい」と思った時にはすでに遅く、しいちゃんのスペシャル・パンチは支配人の顔面に命中していた。
「ええかげんにせんか、コラ〜ッ!! これ以上バカにしくさってみぃ〜!! ワレ、承知せぇへんどぉ !? 四の五の言わんと、さっさとおっちゃんに会わせりゃええんじゃッ! 会わさんかッ! コラァ ッ!!」
倒れこんだ支配人に向かって更にスーパー・キックが炸裂する直前に、あわててガイコツくんはしいちゃんの前に立ちはだかり、
「ダ……ダメですよ! 暴力はいけませんッ!」
「だって、ガイ……ジョーカー! こいつがトボケたことをッ!」
しいちゃんはやる気満々だ。それを必死でガイコツくんが押しとどめる。
「なんで止めるんよッ! あいつ絶対ウソついとるッ! おっちゃんは上に絶対おるんや! こうなったら力ずくで……!!」
いつの間にか先頭が入れ替わっていることに気づいて、しいちゃんは無理やり前へ行こうとするが、もちろん神の力には逆らえない。
「ダメですってば! ゆうべ約束してくれたじゃないですか、騒ぎは起こさないって!」
ガイコツくんは彼女の両肩に手をおいて、気を静めるように優しく諭した。
「あなたの気持ちはわかりますけど、人を疑ってかかるのはよくないです。ましてや暴力なんて……。お願いですから、どうか、落ち着いて下さい……!」
「………ジョーカー」
しいちゃんはうなだれ、素直に力を抜いた。ジョーカーの切れ長で美しい青い瞳で見つめられると、我知らず従う気になってしまうのだった。これがガイコツのままなら、今頃、まず彼の命はなかったであろう……。
「いずれにせよ、彼らのあの様子では、いくらこのままここで頑張ったところで、どうにもならないでしょう。ここは、いったん出直すべきです。ね……? そうしましょう?」
「………わかった」
しいちゃんは力なくうなずいた。(同上)
「お騒がせして申し訳ありませんでした」
ガイコツくんは支配人たちに謝罪してから、先頭のまま、しいちゃんをひきつれて店をあとにした。後ろから「こ……今度こんなことがあったら……警察呼びますよッ!」という怒号が飛んだ。
骨董屋を出たしいちゃんは、気の抜けたようにふらふらと2、3歩よろめき、そのまま身体をあずけるように、店の外周を囲む柵にもたれかかった。そして、
「これでもう、ダメやな……。2度と魔石は返ってこん……」
大きなため息とともに、しいちゃんは弱々しくつぶやいた。それを聞いて、ガイコツくんは彼女の隣に寄り添い、笑顔で力づけるように言う。
「そんなことないですよ、まだあきらめるのは早すぎますって! 機会を待って、もう1度……」
しいちゃんは前を向いたまま、じっと黙っている。ガイコツくんの優しさに、思わず言葉につまっているのかと思えば、やがてこらえきれなくなったように笑い出すと、こう言った。
「ば〜か! ジョーカー、あんた、まだそんな寝ぼけたこと言いよんの?」
「え……?」
しいちゃんは、めちゃくちゃに思いっきり頭を横に振る。
「ああ〜甘い! 甘い! 甘すぎて胸やけしてくるわい!」
やけくそのように叫んでから、ガイコツくんの戸惑った顔をおもむろに振り返る。彼女の表情には、どことなく憐れみがこもっていた。
「ジョーカー。あんたらの魔界じゃ、そんなんで通用するんかもしれんけど、少なくとも、この人間の世界ではな、あんたみたいな甘ちゃんじゃ、とてもやないが生きてはいかれんで」
「は、はぁ……」
しいちゃんの言ってる意味が彼には当然よく解らないらしい。
「ええかな? ジョーカー、よう覚えとき。人間いうのんは、みな欲深で、ずる賢い生き物なんじゃ。その中でも特に悪知恵が長けて、世渡りがうまい者だけが、ええ目ぇみて暮らしていける……。自分の利益のためには、時に人を騙すことも裏切ることも必要悪なんじゃ。わかるか?」
しいちゃんの表情や口調は、何とはなしに粛々として、悟りを開いた人間のそれみたくなってきた。意味がわかってるのかどうかは別として、ガイコツくんも思わず真剣に聞き入っているようだ。
しいちゃんは、骨董屋の建物を振り返り、社長室のある2階のあたりを見上げた。それまで穏やかだった彼女の目が、一瞬キッとつりあがる。
「あのおっちゃんも、そういう人間じゃ。世の中の裏も表も知りつくしとる……。おそらく、これまでには他人に言えんような危険な修羅場も何度も掻いくぐってきとんのやろ。そんなおっちゃんにかかれば、私みたいの騙すのなんか、赤子の手をひねるようなもんじゃ……」
しいちゃんは自嘲的に笑う。
「そういう意味じゃ、街のみんなが言うとおり、おっちゃんは確かに色々問題のある人かもしれん……しれんがな……」
そこで、建物からガイコツくんの顔へと視線を移す。「けど! 鑑定人としては、間違いなく一流の人物なんじゃ! そのおっちゃんが、テュポーンの魔石のことを知らんはずがない!」
真剣な目で、しいちゃんはハッキリと言い切った。
「……!」 ガイコツくんが何か口をはさもうとしたが、彼女の演説はまだ終わらない。
「ただの宝石やない、幻のお宝やで? いまさらどんな理由をつけようが、おっちゃんがアレをうちらに素直に返すはずがなかろうが。強引に追い返そうとした、あの店員らの態度が何よりの証拠じゃ。万一騙されたことに気がついて乗り込んでこられたら、私を通さんように、おっちゃんから指示が下りとったんやろうて……。ふん、まぁ……どうせこんなことやろうとは思うとったんじゃ……」
「ちょ、ちょっと待って下さい?」
ようやくガイコツくんはしいちゃんの前に回りこんで話を中断させた。困惑しきった表情も、なかなかええのう……と、しいちゃんは思った。
「先ほどから聞いていると、あなたはまるで最初から骨董屋さんの手口を知り尽くしていたかのようじゃないですか。あなたの仰ることが本当なら、こんなこと……つまり僕が提案した、事情は隠して穏便に返してもらうなんて方法は全く無駄だって当然解ってたはずです……! それなのに、なぜ僕の案に賛成するフリをして、こんな茶番のようなことをやったんですか?」
ガイコツくんは困惑している上に、少々怒ってもいるようだ。怒った顔もなかなかええのう……と (いいかげんにしなさいね、しいちゃん)。
い〜いところに気がついたね、ジョーカーくん! と、教育テレビの先生が生徒に言う時のような表情で、しいちゃんは満足げに大きくうなずいた。
「確かに、あんたの言うとおりや。私ひとりやったら 完全に無駄に決まっとる。このとおり、追い出されるだけのことや」 ( ひとり、を強調して読んで下さい )
「……??」
「でも! あんたがおるやんか! 魔物のジョーカーが! 私には無理でも、ジョーカーの力なら、何とかできるんやないかと思うとったんじゃ」
ガイコツくんは、ようやくしいちゃんの言わんとすることに気がついたようだ。自分に期待されていた役割も……。
「………」
口では「穏便に」などと言ってはいても、いざとなれば、自分が魔物本来の凶暴な本質をあらわし、その場を何とかしてくれるのではないかと彼女は期待していたのだ。しかし、自分は……。
その続きはしいちゃんが引き取ったかのように言った。
「はは……でもな、まさかあんたが、あそこまで徹底して紳士的で礼儀正しいとは思うてなかったんてや。私の計算違いやな、やから計画は失敗してしもたわけや」 決して責める口調ではない。「あくまで暴力は嫌いやろ、で、妙に正義感がある、おまけに素直でお人よし……。ほんと、ジョーカー、あんたって変わっとるよな〜。全然魔物らしないゆうか……。いや、今時、あんたみたいなタイプ、人間でも珍しいんと違うろか?」
「そんな……」 自分はただ臆病で小心者なだけで……。
恥ずかしいような情けないような気持ちになり、ガイコツくんは、しいちゃんの褒め言葉を聞くたびに身を小さくした。
しいちゃんはガイコツくんの肩をポンと軽く叩いた。
「ま、あんたがそういう性格なんやからしょうがないわな! 私、もう、あきらめた!」
「え……!」
「な? あんたもあきらめさい。運が悪かった思うて」
「あきらめるって、魔石を取り戻すことをですか?」
「そうよ?」
「いや……でも、まだきっと、何か方法が……!」
どうしてもあきらめきれない様子の彼に、しいちゃんは諭すように言う。
「ジョーカー。おっちゃんはな、特に自分が骨董品を好きでこの商売をしとるわけやないんじゃ。目的は、あくまで金儲け。やから、おっちゃんは、魔石をどこぞの金持ちにでも高く売りつけるつもりなんじゃ。そうなってみ? もうお手上げやろ? うちらには、どこの誰の手に渡ったか調べようがないんやけん。万が一わかったところで、どうして返してもらえる? さっき、2度と魔石が戻ってこん言うたわけは、こういうことなんよ」
「…………」
「な? これでわかったろ? もう、どうしようもないんじゃ。あきらめさいって」
「…………」
それでもなお、ガイコツくんは首を縦にふらず、無念そうに、じっと口唇を噛みしめ黙りこくっている。う〜む……苦悩する表情も、△■#%×……。
さすがに往生際が悪すぎるかな〜と内心思いつつ、美形に免じて、しいちゃんはさらに優しい言葉をかけてやる。
「第一、あんたがそんなに責任感じることないやんか。元はといえば、そんな大事なお宝、無用心に持ち歩いて落っことしたモルボルくんが悪いんであって、ジョーカーには何の責任もないんやから! 気にすることないない! そやろ?」
「……そ、それは……はい……」
この時、一瞬ガイコツくんの目が泳いだが、しいちゃんは気がつかなかった。
「でも、知らんかったとはいえ、私には責任があるからなぁ……。テュポーンの魔石。できれば私が (ほしかった……いや) 取り返してやりたかった……。こんなことになってしもて、ほんとにゴメンな? ダンジョン帰ったら、モルボルくんに、よう謝っといてや、このとおり、な?」
しいちゃんはガイコツくんに向かって深々と頭を下げた。
「そ、そんな……やめて下さい」
畏れ多いとばかりにあわてて顔を上げさせる。しいちゃんはサバサバした調子で言った。
「さ! もう帰ろ、帰ろ!」
街の中心部に向けて歩き始めたが、後ろについてくる気配がない。
「ほら、早よ」 催促されて、ようやくガイコツくんは重い足取りで歩き始めたが、しばらく進むと、また立ち止まってしまう。
「どしたん?」
引き返してきて、しいちゃんが尋ねると、ガイコツくんは、ずっとうつむき加減だった顔を上げた。そして……。
「僕、やっぱり、魔石を取り返してきます!」
その表情は、先ほどまでと違い、王女を救出に向かう勇者のような精悍さにあふれていた。
「ジョーカー……気持ちはわかるけどな、もう……」
しいちゃんが首を振りながら、半分ウンザリしたような声で言うと、
「実は僕、変身のほかに、姿を消すことができるんですよ」
「……え?」
「透明になると、壁とかも、すり抜けられるようになります」
「なんと! (ご都合主義な……) 」
そのうち「スペシウム光線が出せます」とか「イオナズンが唱えられます」とか言い出すかもしれない……。
「ですから、そうやって部屋に忍び込んで、魔石を持ち出してくることは……可能だと思います……」
「そやったんかぁ……」
そんな便利な技があるなら、さっさと言わんかい! ボケ! という気持ちをぐっと抑え、
「そりゃ名案やけど、でもええの? ホントはそういう泥棒みたいな真似、しとうないんやろ?」
あくまで、紳士的でありたいガイコツくんの複雑な心根を思いやることを忘れない。
「ええ。でも、あなたのお話を聞いているうちに、そんなこと言ってられないと思って……。僕も魔物の端くれです。甘えたこと言って、せっかく与えられた能力を活かさずに、このまま引き下がっていいのか! と思い直したんです!」
そうか、そうか、というふうに、しいちゃんは威光を放ち輝く碧眼を見つめながら何度もうなずいた。そして、ガイコツくんの白く柔らかい両手を握りしめる。もちろん、しいちゃんの瞳も彼への信頼感で、少女漫画のようにキラキラしている。
「わかった! ありがとう、ジョーカー! じゃ、私、先に家に帰って待っとるけんな」
「はい!」
「ジョーカー……! がんばって……!」
「はい! では行ってまいります……!」
力強く応え、マントを翻してガイコツくんが背を向けたと思った瞬間、しいちゃんの目の前から彼の姿は本当に消えてしまった。
「…………」
しばらくの間、しいちゃんはガイコツくんがすり抜けていったであろう壁のあたりをじっと見つめていたが、やがて、我慢しきれなくなって、くくく……と笑った。
「うまいこといった。あんな単純バカのお人よし、のせるのなんか、ワケないわい♪」
でも、しいちゃん、たまたま彼があんな特技もってたから、うまくいったんでしょうが。
「い〜や。(て、誰に答えとんねん!) アイツの性格ならな、私にあそこまで言わして、自分は何もせんと、おめおめ帰ってこれるはずないんてや。逆にどんな手使うてでも取り返しに行ったはずよ、極端な真面目さが裏目に出てしまうてわけやな、そこ利用さしてもろただけや」
しいちゃんは、悪魔のような笑みを浮かべ、にんまり笑った。
「人間、やっぱ、ずる賢うないと……な?」
…………………。
ジョ……ジョーカー! 負けるな! が、がんばって栗〜ッ! (ようわからんけど……あぅぅ……)