「しのぶさん……」
もちろんガイコツくんは怒り狂ってしいちゃんを食べようとしていたわけでなく、ただただ驚きのあまり言動がちょっぴり激しくなっただけのことであって、今はもう落ち着き、座り込んだまま泣きじゃくるしいちゃんを優しく慰めようとしている。
しかし、しいちゃんの立ち直りも早かった! 涙でぐしょぐしょになった顔をキッと上げると、
「くっそ〜! あのオヤジ〜!! よくも騙しやがったな〜ッ! 許さ――んッ!!」
ものすごい形相で、そう叫ぶやいなや立ち上がり、どこへ行くつもりか、いきなり駆け出した。
「待っとって! 私、今からオヤジんとこ行って、アレ取り返してくるけん!」
それをあわててガイコツくんが引き止める。
「ちょ……ちょっと待って下さい! ムチャですよ、こんな真夜中に……!」
「だって……」
それきり言葉が出ず、しいちゃんは唇をかみしめる。
言われなくてもそれぐらいわかっている。しかし、悔しさのあまり、情けなさのあまり、じっとしていることが耐えられないのだ。
信じていたおっちゃんに裏切られた。長い付き合いのおっちゃんに騙された。なめられ、いとも簡単に。なのに、バカみたいに大喜びしていた自分……。思い出すだけで、火が出るほど恥ずかしいと同時に、はらわたが煮えくり返るくらい憎たらしい……!
「とにかく、朝まで待ちましょう……?」
ガイコツくんに導かれ、しいちゃんはトボトボと部屋の中へ戻っていった。
「第一、まだその人が、あなたを騙したと決まったわけじゃないでしょ? その人だって、ホントに石ころだと思ったのかもしれないじゃないですか」
ガイコツくんの言葉に、しいちゃんは思わずハッとする。
「だって、あなたも思ったでしょ? 最初はただの石だと。見た目はホントにただの石ころなんですから」
「うん……。それは、まあ……確かにそうやわな……」
「でしょう? それなのに、へんに事を荒立てたりすると、かえってアレの正体に疑問を持たれてしまいますよ? そうなると、簡単には手離してはくれなくなるでしょう。ですから、ここは穏便に、怪しまれることなく戻してもらう方法を考えた方が……」
しいちゃんはしばらく考え込んでいたようだが、やがて顔を上げ、
「そうか……。うん、なるほどな……。確かにアンタの言うとおりかもしれん……。
わかった! じゃあ、明日、おっちゃんとこ行って、とりあえず様子見てから、こっちの出方を考えてみようわい」
「ええ! そうしましょう!」
自分の意見が受け入れられたことが、ガイコツくんはとても嬉しそうだ。
「では、ボクもあなたとご一緒しますから!」
「なんで? アンタは来んでもええがな」
しいちゃんは当たり前のように言った。そりゃそうだろう。ついてきてもらう必然性がどこにある。
するとガイコツくんは、いきなりしいちゃんの前に立ちはだかり、やおら左右に行きつ戻りつしながら、まるで人(?)が違ったように情熱的に演説を始めるのであった。
「いいですか? (ここで人差し指を立てる) あの魔石は魔界のもので、本来人間の手に渡るべきものではないんです! それを、我々のミスで、うっかり人間界に落っことしてしまった……」
肩をすくめ、さも無念そうな表情(どんなんだろね?)を見せるガイコツくん。そして今度は固い決意を示すかのように手をぐーにし、力強い声で、
「だからボクには、魔物のはしくれとして、あれを取り戻す責任があるのです……! さらに加えて申し上げるならば……ッ!」
しいちゃんは、もうウンザリ、とばかりに首を振った。
「わかった、わかった。連れていくけん、もうそんなデカい声でギャーギャーわめきなさんな……」
「ありがとうございます……! ぜひふたりで力を合わせてがんばりましょう!」
熱意が通じ、ガイコツくんは思わずしいちゃんの手を握ろうとしたが、んなことさせるようなしいちゃんではない。わはは。
ところで、何ゆえガイコツくんが臭い演技までして熱弁をふるったか。それにはわけがある。
彼は自分で言っていたように、生まれてこのかた、地上の世界というものを全く見たことがない。だから、地上、つまり人間界は彼にとって、長らく憧れの地だったのである。
ちなみに、彼の両親は人間界に何か悪い思い出でもあるのか、特に母親などは、ガイコツくんが小さな頃から口癖のように「あんな恐ろしいところ、絶対行ったりしてはダメよ」と言われ続けて育ってきたのであった。マザコン……いや失礼、母親思いの彼は、地上に憧れを抱きつつも、真面目にずっとその言いつけを守ってきたのである。
それゆえ、モルボルくんから話を打ち明けられた時、これはチャンス! とばかりに自ら志願し、大義名分を盾に両親を説き伏せて、彼の代わりにやってきた、というわけで……。
来たからには、人間、そして人間の町やら何やらを、でき得る限り思う存分思い出に焼き付けて帰りたい……これが彼の本音なのであった。なぜなら、次にいつ訪れることができるかどうか、全くわからないのだから。
魔石を持ち帰る、もちろんこれが大前提のことではあるけれど、もうひとつの目的とでもいうのか、「人間界の観光」、それが彼の純粋な子供らしい夢なのである。
「さあ! そうと決まったら、さっさと寝るで! 今、何時やと思とんな?」
「あ、はい!」
大あくびをしながら寝室へ向かう後ろを、なぜかガイコツくんはぴったりとくっついてくる。
しいちゃんは訝しげに振り向いた。
「なに?」
「え? 寝るんでしょ? 寝室はそちらですか?」
「アンタ、まさか、私と一緒に寝る気?」
「? ボクは一向にかまいませんけど……?」
しいちゃんの鉄拳が顔面に飛んだ。それでも何とか砕けなかったのは不幸中の幸いであった。
「アホンダラ! アンタが良うてもこっちが願い下げじゃ! このバケモンが! アンタは外!」
「ええ〜? 嫌ですよぉ……外は寒いのにぃ〜」
「なら特別に許可したるわ。地下室で寝れ」
しいちゃんは地下室への階段を指差す。
「そ、そんなぁ〜。ベッドはあるんですかぁ〜?」
「じゃか〜しいッ! バケモンのくせに贅沢言うな! うちん中で寝れるだけラッキーやろがッ!」
ガイコツくんが戸惑っているうちに、しいちゃんは1人でさっさと寝室へ入っていった。しかし、すぐに出てきて、
「ほれ、毛布貸しちゃるだけでもありがたいと思え!」
はい、地下室でゴロ寝、決定〜!
渋々受け取りながら、ガイコツくんは従うしかないとあきらめたようだ。
「じゃ、ボク、地下室で寝てますんで、明日の朝、必ず起こしに来て下さいよ? 置いてきぼりなんて、ヤですからね?」
恨みがましいような目つき(ただの空洞のハズだがなぁ……)で、何度も振り返り、振り返りしつつ地下室へと向かうガイコツくん。
「わ〜った、わ〜った! はよ行け! (しっしっ!)」
しいちゃんにかかっては、哀れ魔物も犬以下の扱いであった。
「ああ……疲れた……」
ようやくベッドに横になったしいちゃんは深い深いため息をついた。
「何が何やら、もう頭ん中がグチャグチャや……」
いきなり魔物が現れたかと思えば、そいつがはっちゃんの知り合いだったり、魔物のくせに変なお調子モンだったり、あの石がお宝だったりしたんだもんな。さらにバケモンと行動まで共にすることになろうとは……。
「とにかく! 明日おっちゃんとこ行って、あれ戻してもらわんと! 知らんかったとはいえ、やっぱ私の責任やもんな。何としても私の手で取り戻そう!」
しいちゃんは決意を新たにした。
次第に眠気が襲ってくる中、しいちゃんの独り言は続く。
「それにしても、あれがそんなにすごいお宝やったとは……。テュポーンの魔石かぁ……。噂には聞いたことはあったけど、あくまでおとぎ話レベルのことやと思とった……。まさか、実在しとったとはなぁ……。う〜ん。取り戻すとしても、あれをそのまま、ガイコツに返すのは、なんか惜しいよなぁ……」
お〜い、今さっき言ってたのと180度違うぞ〜。
「んんー……。どうにかして、あのガイコツを騙くらかす……いい知恵は……ない……モンか……」
良からぬことを考えつつ、しいちゃんは眠った……。
良からぬこと……とは失礼なッ! いかにも強欲でたくましい、しいちゃんらしい考えではないか。これくらいでなくっちゃビンボRPGの主人公が務まりますかって。
利用できるものは何でも利用する! 「立ってるものはガイコツでも使え」、「敵を騙すにはまず味方から」、という古い諺もあるじゃんね? え? 違う?
ま、まあ、何はともあれ、明日からは「パーティー」というものを組むことになるわけで、いよいよ少しはRPGぽくなってきたかな?
しいちゃん! くれぐれもガイコツくんを連れていくのを忘れないでね、じゃあ、おやすみ〜。