「お客様、その奥は売り場ではございませんので……」
新顔の店員が、しいちゃんを押しとどめようとするのを見ていた支配人が『その人はいいんだよ』というふうに目配せする。
「失礼いたしました」
あわてて身をひく店員の脇を、わざと偉そうな素振りでしいちゃんは通り抜けてやった。
階段を昇るとまた受付がある。そこで来訪の趣旨を告げ、店員が電話でおっちゃんに確認をとり、オッケがでればご対面が可能となるシステムだ。さすがのしいちゃんも、ここだけは顔パスというわけにはいかない。しばらく待たされて、ようやく面会の許可がおりたようだ。
「どうぞ、社長がお待ちでございます」
「ありがと」
しいちゃんはまたも、まるで上流社会の婦人のような口ぶりで、その場をそそ……と通り過ぎる。後ろで店員が必死に笑いをかみ殺していることなど知る由もない、てか、しいちゃんはそんなことなんか気にもしないのだ。
「おっちゃ〜ん、こんにちわ〜!」
奥の机で何か書き物をしていたらしいおっちゃんが手をとめ、ひょいと顔をあげる。
「おお〜しいちゃん! 久しぶりだねぇ。元気だったかい?」
「うん! ねぇ、おっちゃん。またちょっと見てほしいものがあるんやけどなぁ……」
「いいとも。じゃあ、こっちに持ってきてごらん」
しいちゃんは子供のような仕草でチョコチョコっと机のところまで駆け寄った。
「これなんやけどー。きのう、うちの庭で拾うたの」
と、机の上に例の石を置く。おっちゃんは、それを横目でちらっと見てから、改めてしいちゃんの方を向いて、
「わかった。ただね、今仕事中だから、向こうの部屋で、ちょっと待ってておくれ」
「うん!」
頷き、隣の応接室に向かいかけて、ふと引き返してみる。
「すぐだからね、向こうで待ってておくれ」
「待て」と言われた時は、何度話しかけたところでイベントは進まないのだ。しいちゃんはゲームシステムを納得し、今度は素直に応接室へ入っていった。
その姿を確認してから、おっちゃんは、軽くためいきをつく。
(やれやれ……またガラクタを売りつけに来たか……)
おっちゃんとしいちゃんの付き合いは長い。いつだったかわからないくらい古い。だが、2人は最初から「おっちゃん」だったし、「しいちゃん」だった。思えば、初めから親しかったような気もする。なぜ、あんな子と、こんな親しい関係なのか、おっちゃんにもよくわからないのだ。
ただ、おっちゃんは微かに思う。
おっちゃんは街の人々の自分に対する決して良くない評判を知っている。やれ詐欺師だの悪徳商人だの、三流鑑定人だの……。無論、何を噂されようがおっちゃんは平気だ。
こんな商売やっててキレイごとだけで世の中渡っていけるもんか。金儲けができるもんか。これがおっちゃんの自論だ。
街の人々はおろか、従業員だって、そのへつらった笑顔の裏で何を言っているかわかったもんではない。おっちゃんは基本的に誰も信用しないことにしている。
そんな中で、しいちゃんのあの、おバカ丸出しの無邪気な笑顔や態度を見ると、なぜか少しだけ心が和む気がするのだ。
毎度毎度、あの子の持ち込んでくるガラクタを小銭で買い取ってやる。すると彼女は本気で小躍りして大喜びする。そうすることで、これまで自分の犯した数々の悪行が贖罪されるようなつもりになっているのかもしれない。
そんなことをつらつら考えながら、ようやくおっちゃんはペンを置き、腕を伸ばして今回の「ガラクタ」を手に取った。
「しいちゃん、待たせたね。さ、こっちおいで」
おっちゃんからお呼びがかかった頃、しいちゃんは秘書の人が運んでくれた美味しいお茶とお菓子をいただいて、十分満足していたところだった。すぐさま飛んで行く。
「どうやった? おっちゃん?」
しいちゃんの瞳は大きな期待で輝いている。しかし、おっちゃんはすまなそうに首を振った。
「しいちゃん、残念だけど、これは宝石じゃないね。黒曜石。つまりガラスの1種なんだ」
「ガラス……! ガラスなのぉ……?」
みるみる夢が期待がしぼんでいく。しかし、
「あはは……やっぱりね。どうせ、そんなことやと思たてや。そううまい話があるはずないもん」
わざと強がってしいちゃんは笑ったが、ガックリと肩を落とした落胆の色はさすがに隠せない。
「まあ、しいちゃん。そんなにがっかりしないで……。お得意様のしいちゃんだものな、特別にこれ、引き取ってあげるから!」
「ほ、ほんと…… !? 」
再びキラキラ瞳を輝かすしいちゃんの手に、おっちゃんは小銭を握らせる。
「じゃあ、1000G。これでいいかい?」
「いいも悪いもあるかや〜ッ! うわぁ……うわぁ……♪ おっちゃん、ありがと〜ありがとう〜ッ!」
しいちゃんは、おっちゃんの手を握り、何度も何度も振って感謝の言葉を繰り返した。
「いいんだよ。何か手に入ったら、またおいで」
「うん! おっちゃんて、ホントにいい人やね!」
いつもならバグを期待して再度話しかけてみるしいちゃんだが、今回はそういう「遊び」も忘れるほど興奮して、おっちゃんの部屋から飛び出していった。
1階の店内に降りたところにある宝石のショーケースの前に思わず立ち止まりながらしいちゃんはつぶやきをもらす。
「う〜ん。さすが本物はキレイなもんやなぁ。やっぱ、色も輝きも全然違うゆうか……。これらに比べりゃ、私の拾うた石なんか、ただの石コロも同然やんか、なあ?」
つい数十分ほど前の「熱い独白」は、大金ではないにしろ現ナマを手にした今、すでに彼女の頭からはすっかり抜け落ちてしまっているようだが、いやいや、これでしいちゃんはいいのだ。
るんるん気分(死語)で店を出たしいちゃんは、早速よつこしデパートへ買い物に行こうと思ったが、せっかくなので途中の道にある「酒場」をのぞいてみることにした。
「出会いと別れのナントカの店」という有名な酒場もかつてはあったらしいが、ここは単に酒を飲ませてくれる店である。しかし、RPGである以上、人の多く集まる所は情報収集のための重要な場所には変わりない。
「いらっしゃいまっせぇ〜♪」
ドアを開けると、入り口付近で常時待機している、定番バニーのお姉さんが愛想よくお迎えしてくれる。
カウンターとテーブルセットが2組、その奥にカラオケセット、さらにゲーセン・コーナー。これが店内の構成のすべてである。昼間から、けっこうな人で賑わっているようだ。
ところで、大変説明が遅れて申し訳ないが、しいちゃんは「年齢不詳」の女の子ではあるが、一応酒場とかには出入りできる年齢設定である。てか、若作りはしているものの、とっくにそんな年齢はクリアしている……と思っていただいてけっこうである。
さて、しいちゃんは早速人々に話しかけ、情報収集を始めたが、相変わらずおっちゃんの悪口や、どうでもよいような話しか聞けなかった。ただ、テーブルに座っていた団体客の1人が、
「俺たち東京から遊びにきててさ、ホントは今日帰る予定だったんだけど、大雪のせいで飛行機が飛べなくて足止めくってるんだ。いや、東京の方は今大荒れなんだそうだよ」
この話には何となくピン! とくるものを感じた。
それから最後に、カウンターの隅にひとり意味ありげに座っている男に話しかけてみる。
「知ってるか? はい・いいえ」
話しかけられて、いきなりこんなリアクションを返してくるような奴がいたら、それはハッキリ言ってアブナイ人であるが、実はこの人物は、プレイヤーがゲームにつまった時、さりげにヒントを与えてくれる、いわば「神の使い」なのである。
それを承知でしいちゃんは、わざと「はい」を選んでやった。どうせ序盤は大したことは教えちゃくれないのだ。
その後、しいちゃんはよつこしデパート食料品売り場で、お米としばらく分の食料などを仕入れて満足し、自宅へと帰っていった。さすがに新しいドレスまでは買えなかったけれど……。
家に戻って買ってきた品物の整理をしたり、雪解け後の畑の見回りをしてみたりしたが、まだ寝るには到底早すぎる時間である。
しいちゃんは暖炉前の椅子に腰をおろした。目の前のテーブルの上には、昨日届いたはっちゃんからの手紙が置かれたままになっている。
「今日は他にすることもないし、はっちゃんの手紙でも読み返してみるかな?」
いかにも不自然な思いつきではあるが、そのとたん例の 「はい・いいえ」が出た。
(こ、これは、もしかしたら……)
しいちゃんはあわてて手紙を封筒から引っ張り出す。すると、手紙以外に何かがパラパラとテーブルの上に落ちてきた。
「あれ? こんなん封筒の中に入っとったんか? きのうは気がつかんかったけど」
それは見たところ、何かの種であるらしい。大きさは普通、ただし色がまっピンクだった。
「しかし、えらい変わった色した種やなぁ。何の種やろ? ……でも、なんでこんなもんが……?」
しいちゃんの疑問はすぐに氷解する。
「あ、そか。私が家庭菜園しよるの知っとるけん、気をきかして一緒に送ってくれたんやな。サンキューはっちゃん! 何の種かは知らんけど、さっそく育ててみるわいね!」
しいちゃんは種を握って立ち上がりかける。すると、またいつもの癖が……。
「待てよ。こんな奇妙な色した種やもんな。……うん! これはひょっとしたら、マジで普通の種やないかもしれん! そや! これは魔界にのみ存在する『お宝のなる木』に違いない!」
そうだ! いいぞ! それでこそこの物語の主人公「しいちゃん」だ。
「例の石にはやられたけど、今度こそ絶対間違いないてや! うんッ!」
しいちゃんは力強く頷いて叫んだ。と、その瞬間……
「不思議な種を手に入れた!」
効果音と共に、出た、出た、出たではないか! しいちゃんは狂喜して外へ飛び出した。
どうやら種を蒔くべき位置も決められているようである。畑の中のある場所にたったとたん、「ここだ!」としいちゃんは直感した。
軽く地面を掘り起こし、種を蒔いて丁寧に土をかぶせ、水をかける。
「ほして、忘れんように、ここに立て札を立てておく……! と。 うふふ〜楽しみ〜♪ はよ芽ぇ出さんかなぁ〜?」
言うまでもなく、立て札に書かれた文字は「お宝のなる木」だ。
今日のしいちゃんの日記。
2月5日 晴れ
今日はいい天気になったので、骨董屋のおっちゃんに例の石を見てもらいに行きました。そしたら、あれは宝石じゃなく、ただのガラスだとわかって、超がっくりです。だけどおっちゃんは優しい人なので、1000Gで買い取ってくれました。超ラッキー♪
それから、はっちゃんの手紙を読み返していたら、中から不思議な種が出てきたので、さっそく庭の畑に蒔きました。今度こそお宝のなる木です。早く芽が出るといいな♪
あ、そうそう。骨董屋で気前のいいじいちゃんと知り合いになりました。また何かくれるかもしれないので、明日じいちゃんの家に遊びに行こうと思います。おわり。
次の目的地は「じいちゃんの家」らしいね。 おやすみ、しいちゃん。