目が覚めた。朝だ。しいちゃんは元気よくベッドから飛び降りる。
そして開口一番、
「ええ……!? 昨日の雪が溶けてしもて、嘘みたいにええ天気になっとる!」
雪ひとつ残ってない緑の草原を窓からのぞきながら、いつになく、しいちゃんは何となく納得がいかないようだ。
「いくらなんでも、こんなあからさまなご都合主義が許されてもええもんやろか?」
間髪はさまず「声」がした。
「なんじゃろ……今、なんか聞こえたような……」
しいちゃんは辺りを見回す。もちろん誰もいない。
「変やな……。それに、さっきのしいちゃんのセリフも……」
自分のもらしたつぶやきとも思えず、何か気持ちが悪い。
「ま、ええか! 雪も溶けたことやし、ほんじゃあ今日は町へ買い出しに行くとするでぇ!」
一瞬マジになりかけたが、すぐにいつものしいちゃんに戻った。物事を深く考えたりしないのが、しいちゃんの良いところなのである。 いちいち矛盾や疑問を追究したりしていてはRPGの主人公は務まらない。
「あ、そうそう。おっちゃんとこにも忘れんと寄るようにせんとな。例の昨日見つけた石。あれの正体調べてもらわないかんのやった」
自分に言い聞かすというよりは、まるで「誰か」に向かって確認を促すようなセリフ回しであったが、そんなことは勿論しいちゃんは気にしない。
買い出しに行くと言いながら、一銭の持ち金もないことも彼女にはノープロブレムだ。
久々のお町に胸をふくらませ、しいちゃんは意気揚々と橋を渡った。
フィールド。
そこは緑の草原が広がり、林があり、山々が連なり、川が流れ、それは海へと続き……ではなく、何の風景もない所に、ただポツンとしいちゃんは立っているだけだった。
自由に歩くことはできず、見えるのは「しいちゃんの家」から「直線」で結ばれた「タウン」と表示されている場所(しかも丸い点)のみであった。
(そっかー。これはドラクエタイプのフィールドやのうて、イベントが進むごとに行ける先が増えていくゲームなんやな……)
そんなことがふと頭をよぎり、しいちゃんは戸惑う。
(私、今何考えてたんやろ? なんや今日の私、おかしいことなかろか?)
しかし、しつこいようだが深く考えないのがしいちゃんなので、彼女はすぐに迷いを捨て素直に「タウン」に向かった。
タウンはさすがに都会だけあって広くて華やかな街造りがされている。四方が掘に囲まれて出口が一箇所というのは同じだが、街の中央にはお花畑に囲まれた噴水のようなものも設置されている。緑も豊富で大小の木々がデザインよく配置され、道も整備されていて広いマップの中、目的地までスムースにたどり着けるように配慮されている。
何より立ち並ぶ建物が屋根なしではなく、それぞれが異なったデザインのお洒落な西洋風建築物であることが、しいちゃんの田舎とは大きな違いであった。
憧れの「よつこしデパート」に行きたい気持ちを抑え、しいちゃんはとりあえず骨董屋を目指した。骨董屋は少しわかりにくい街のはずれに位置しているが、通いなれたしいちゃんには何のことはない。「骨董屋 おっちゃんの店」という安直なネーミングの立て札は、すぐに見えてきた。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、カウンターの中から店員が丁重に声をかけてくる。一応しいちゃんは常連客として「顔」なのだ。
入り口付近には大したものは置かれてないが、奥に進むにつれ、それなりの価値ある品々が展示されている。しいちゃんにはもう見慣れた物ばかりだが、それでもお宝中のお宝、古の時代の剣や鎧が並べられているコーナーでは、思わず足をとめて見つめてしまう。もちろん、到底しいちゃんなんぞに買えるようなレベルの値段ではない。そもそも、しいちゃん自身、骨董に興味があって収集しているわけでも通っているわけでもなく、客は客でも、もっぱら何かを売りつけに来る専門なのである。
(古代の剣と鎧ねぇ……。しかし成金趣味やな、こんなん買う奴の気がしれん)
と彼女が心で呟くのは、だから決してビンボー人のヒガミだけではないのである。
「ほぉ? 嬢ちゃんは若いのに感心じゃな。骨董に興味があるのかい?」
いつの間に来たのか、それとも最初からいたのに気づかなかったのか、禿頭のじいちゃんが声をかけてきた。見たところ、年は80に近いんじゃなかろーかと思わせるくらいヨボヨボの、痩せこけて貧相な身なりをしたじいちゃんであった。
「うん、まぁ。でも見ても何ちゃわからんのやけどね、あはははは」
(なんじゃ、このじじい……)
しいちゃんは適当にあしらうつもりでそう言ったのだが、じいちゃんは「脈あり!」と捉えたようで、
「そうじゃろ、そうじゃろ? もしよければ、わしが説明してやるが、どうじゃ?」
じいちゃんの目は異様にらんらんと光っている。
(こういう年寄りには逆らわん方がええな)
しいちゃんは咄嗟にそう判断した。胸の前で両手を組み合わせ、
「うわぁ♪ 聞きたい、聞きたぁ〜い!」
切り替えの速さとブリッ子はしいちゃんの得意技のひとつである。
「よしよし、そうこなくちゃいかん! それではまず……」
じいちゃんは嬉々として説明を始めた。
「これは古代の鎧。これらは皆ごく一般の物じゃが、もちろん1番人気は『勇者の鎧』じゃ。しかし、さすがに滅多に市場に出回ることはないし、たまさかあっても、まず偽物と思ってよかろう」
鎧コーナーから剣コーナーへと移動する。
「古代の剣なら、『エクスカリバー』や『ラグナロク』なんぞが根強い人気を誇っとるな。最近では『ヒノカグツチの剣』や『秘剣カブラステギ』などといった東洋モノも価値を上げとるようじゃ。……ん? 『勇者の剣』はどうなのか、じゃと?」
なぜか老人は肩をすくめる。オーマイガッ……みたいな。
「実は、勇者シリーズには1つだけ難点があっての。それは『見かけほど強くない』ということじゃ。斬れ味が悪いというのは剣には致命的じゃろ? それで人気が今ひとつらしいの」
へぇ……なるほどねぇ……と納得しているうちに、じいちゃんはまた場所を移動する。
「次に、兜と盾。この分野はまだまだこれからじゃから、けっこう狙い目かもしれんぞ」
(ふぅぅ〜ん……)
「最後に、その他アイテムじゃ。傷薬をはじめ、種、本、鍵……と、1番種類も豊富じゃ。価格も手ごろな物が多くて初心者向けじゃな。しかし、時々貴重な物も見つかったりするから、案外奥の深い分野だったりするんじゃよ、これが」
言いながら、じいちゃんは自分でうんうんと頷いた。
(そーすか、そーすか。へいへい……)
「以上じゃ! わしの説明で少しは役にたったかの? はい・いいえ」
「………」
(ちょっと待て。最後の「はい・いいえ」たぁ何じゃ? またあの「声」や。今朝から一体なんじゃっちゅーねん!)
しかし、ここは「はい」を選ぶべきなのだというRPG主人公のDNAが、一瞬のうちにしいちゃんをブリッ子に変えた。
「うん、すんごい勉強になったぁ〜! じいちゃんってスゴイねぇ〜! じいちゃんなら『なんでも鑑定団』の鑑定人になれるよ、きっと〜♪」
案の定、お世辞とも知らず、じいちゃんは大喜びだ。
「ほっほっほ。嬉しいことを言うてくれるのう、嬢ちゃんは」そして、さらに、
「そうじゃ。じじいのつまらんお喋りにつき合うてくれたお礼に、このペンダントをあげよう」
(ホラきた……ッ!)
「骨董としては大した価値はないが、嬢ちゃんによく似合いそうじゃ」
「うわぁ! かわいい〜! じいちゃん、ありがとう! ありがとう〜!」
しいちゃんは満面の笑顔を浮かべながら、ペンダントを受け取った。確かに花を模った若い女の子向きのかわいいデザインで、嬉しいのは満更嘘ではなかったのである。
しかし……。例のメッセージも効果音も流れない。
ということは、これは単にただのアクセサリーなのだな、としいちゃんは思った。
(……なら、売ればお金になるか……)
そうほくそ笑んだ瞬間、しいちゃんの脳天を、まるで雷が落ちたかのようなショックが貫いた。
そうか、そうだったのか……。
私はRPGの主人公でありながら、一銭のお金も持ち合わせてはいない。これでどうやって生活してきたのか、またしていくのか考えてもみなかったことが不思議なくらいだ。
普通、RPGではスライムを倒しては1G、ドラキーを倒しては2Gと地道に金を稼いだりするものだが、この世界にはフィールドもモンスターも存在しない。
壷や樽から薬草や毒消し草が出てくることもない。ましてや、他人の家に勝手に上がりこんで箪笥や宝箱など漁るなんて、現実世界では「泥棒」行為だ。それが許されるのは、古の勇者にのみ与えられた特権なのである。
私はRPGの主人公ではあるが、勇者ではない。もうこの時代に勇者など存在しないのだ。と同時に倒すべき悪の大魔王なども存在しない平和で呑気な時代なのである。
だから生きていくためにはまっとうに働くか、自分の物を売って金に換えるしかない。当たり前のことである。私は、ごくごく普通の生活を送るごくごくありふれた一般人なのだ。
では、いったい私は何のために生まれ、何の目的で何のシナリオにそって「生かされて」いるのだろう?
冒険もロマンも夢もない、こんなつまらない人間の日常を描くことに何の意味があるのだろう?
……それはまだわからない。わからないが、イベントを進めていくうちに、自ずと明らかになっていくに違いない。
このお話が「物語」である以上、きっと私には何かなすべきことがあるはずなのだ……!
「嬢ちゃん?」
長い長い独白の間、しいちゃんは固まったまま、手をぐーにして、真剣な眼差しで、どこか遠く、あらぬ方向をじーっと見つめていたようである。じいちゃんに声をかけられ、はっと我にかえる。
「ごめん、じいちゃん。私、用事があるからそろそろ行くね!」
「そうかい? あ、嬢ちゃん。わしの家はこのすぐ近所なんじゃ。よかったら遊びにでも寄ってくれんかのう? わしの集めた骨董品も見せてやれるしのう……」
「うん、きっとね! じゃ、じいちゃん、またね♪」
じいちゃんと別れ、しいちゃんは店の最奥へと進んだ。その先には一般客お断りの階段がある。その2階がおっちゃんの事務所だ。
しいちゃんは例の黒い光る石を取り出し、改めて手の中で握りしめる。
これには絶対何かがある! 私の進むべき道が見えてくるはずや……!