夢想する老人の屋敷
シーン4 鏡園蒔清志朗ト云フ男ノ事
「『幻想の館』?」
柊紅鬼は弁当を頬張りつつ警部にそう聞き返した。
「知らないかね?Jが今度狙うと予告してきた家のことさ」
夢小路は探偵の行儀の悪さに閉口しつつも、なんとか会話を続けている。
塔京からF県へ向かう汽車の中である。
幻想の館――その屋敷はそう呼ばれていた。
「最初はね、ただの大きな屋敷だったんだ。そうだと思われていた。」
夢小路は帳面をめくりながら話を続けた。柊は聞いていないかのようにしきりに弁当と格闘している。
鏡園蒔清志朗と言う男がその屋敷の主だった。主の生業を正確に知っているものはあまり居ない。
その男は、ある時は土地の売買人だった。
その男は、ある時は建築家だった。
その男は、ある時は画家だった。
その男は、ある時は劇作家だった。
その男は、ある時は手品師だった。
その男は、ある時は学者だった。
その男は、ある時は――・・・・・・
「聞く限り、すごい人じゃあないですか。そのキヨシローというのは」
「まあ、すごい人ではあるんだ。たいそうな公家の出ではあるし、たった一代で莫大な財を築いた実業家でもあるからね。そして海外にまで名を知られるような芸術家でもあったんだ・・・。だがね・・・」
そこで、夢小路はいったん口をつぐんだ。
「どうしたんです?」
「いやね、すごい人ではあるんだ。だがねぇ・・・」
「?」
「彼は明らかな変人だった・・・そしてね・・・」
鏡園蒔清志朗という男はマルチな文化人だった。彼はいつだって何か仕事をしていた。
しかし、誰も彼が『何をしようとしている』のかは知らなかった。
金持ちではあったが金銭に執着していう様子はなかったという。立派な絵師ではあったが絵に対して愛情を注がなかったのだという。そして家族はあったが、誰に対しても愛情を持っている風は無かったのだという・・・。
彼に会ったことのあるすべての者は一様にこう言った。「彼を見ていると不安になるのだよ。彼は何故生きているのか、何のために生きているのか解らない。いやこっちが何のために生きているのかさえ解らなくなって来る。」と・・・。
そして――、
「そしてね、彼の晩年、彼が隠居した屋敷ではたびたび不可思議なことが起きた」
「不可思議なこと?」
「何処までが本当かわからないけれどね。来客した者の中には、何でも何処までも続くような無限回廊を見たものもあるというし、ある朝目覚めてみると屋敷じゅうに誰も居ないという経験をしたものも居るそうだ」
「ほう、それは興味深いそれで『幻想の館』ですか」
柊はにやりと笑って自分の前髪を撫でた。
「しかし警部殿、それだけでは無いでしょう?何故そんなにおびえているのです」
警部は探偵を一瞥すると、帳面のペエジをめくった。
顔色がいつにも増して土色になっている。
「実はね僕は本当はあそこには行きたくないんだよ・・・。人が消えているんだよ、あの館では。過去に三度。忽然と異世界にも連れ去られたみたいに」
探偵は「ほう」と一つため息をつくと、夢小路の帽子をとって自分の頭にかぶせた。