夢想する老人の屋敷
『今月の13日、午前0時丁度
F県K市、「幻想の館」にて一つの興を催そうと思います。
〜貴方の友人 怪盗JOKER〜 』
この手紙が警視庁の
シーン1 警察、探偵ヲ雇フ。
――帝都
広い室内をクルリと観回した後、
「こんにちは警部殿、名探偵柊
舞台上の役者の様に恭しく礼をした。
血色の良い肌に悪戯っぽい大きな目、まだ幼さを残した顔で柊はにっこりと微笑む。
柊紅鬼、この塔京の町に住む若干二十歳の私立探偵である。
「さて、一介の名探偵である僕にどんな御用です?」
夢小路はそのはつらつとした様子に少々け押されながら正面の洋椅子に腰を下ろした。柊もその正面のソファにすとんと腰を下ろす。
夢小路は、警察の内部でずいぶん堂堂と振舞う民間人だな。と思いつつ、
「警視庁警部、夢小路だ」
負けぬように、なるべく堂堂と振舞った。つもりだった。結果は普段から青白い顔に汗が浮かび、その気弱そうな面立ちがさらになよなよとした感じになってしまっている。
夢小路は汗で滑った丸眼鏡の位置を中指で直すと、
「御協力感謝するよ、柊君」
と続けた。柊は気にしていない様子で無邪気に、
「いえいえ警部、そんな言葉は不要です。それよりも早く要件を聞かせてください。警察が名探偵を呼び寄せたという事は何か事件の依頼でしょう」
カラカラと笑った。この男は天真爛漫とした笑顔に警部は呆然と眺めた。美しい、と思ってしまったのだ。絵画に描かれた蝶の羽を持つ妖精に似ている、と思った。同時にそう思ってしまった自分が腹立たしくなる。
夢小路は腹立たしさと、この状況に自分は場違いなんじゃないか、と言う思い込みから、自信なさげに自分より十も若い探偵の方に目を向け、また目を逸らして、探偵が呼び出されるのは事情聴取と取調べのほうが多いんじゃないか?と言う言葉を飲み込んだ。
「さて、柊君、君を呼び寄せた理由だがね」
「ハイ」
柊はふざけた様な妙に高い声で返事をした。夢小路は一つ今度は小さく溜息をつくと、居住まいを正して、
「柊君、……いや、柊紅鬼探偵、君に事件捜査への協力を依頼したい」
と、今度は真っ直ぐに探偵の方を見た。
夢小路は煙草を一本取り出し火をつける。安っぽい紫色の煙がゆらゆらと二人の男の間を天井に向かって上っていった。
「君の噂は聞いている、昨年の『電柱塔事件』、今年になってからの『静寂堂事件』、『妖怪庵事件』、これらすべての事件を解決に導いたのは君、柊紅鬼だ。君の実力をもって我々が今関わっているある事件の捜査に協 力してもらいたいんだ」
夢小路の丸眼鏡の奥の瞳が真っ直ぐに柊を見つめる。
柊は背筋を伸ばし真顔になると、静かに、
「怪盗JOKERについての話ですか?」
と、言った。
お互い一瞬の沈黙があった。
日に雲がかぶったのだろう。部屋全体が少し暗くなった。部屋全体が無彩色の色を帯びる。
「そうだ」
夢小路ははっきりとした口調で答えた。まだ吸われていない煙草の灰が、少し灰皿の中に散る。彼の唇はフルフルと震えている。
「柊君、怪盗JOKERについてどれほどのことを知っているかい?」
雲が流れ、また部屋は明るくなった。
維新からもう何十年という月日がたち、やっと訪れた平和な時代に、東洋と西洋の混ざり合う町、ここ塔京では現代的な落ち着いた文化が花開いていた。人々はは西洋のあらゆる文化を吸収し、また失われつつあった自国の文化の復興を願い、美術、文芸、科学、建築、芸能などにおいて、さまざまな運動を興していた。
また、塔京は自由になった商業の中で、新興の成金たちや潰れずに残りさらに隆盛した華族たちによる海外貿易の拠点でもあり日々巨万の富が行き来する場所でもあった。
夜には外灯がともり、街は華やかな様相を見せ、人々の目の前から闇は消えうせたかに見えた。
そんな時代に突如として人々の前に現れた闇、それが『怪盗JOKER』の存在である。
柊はふっと息をつき、また目を閉じると、
「世間で言われているような事しか知りませんね、何でも予告状を出して、更に一人も死人を出さずに警察の方々が指をくわえている中で華麗に犯行を行う美意識に富んだ盗賊だそうですね」
そう言って、楽しそうな表情で夢小路のほうを見た。
怪盗JOKER、自らを最も美しき芸術家と評し夜の街を闊歩する謎の怪人。
その犯行方法は奇抜で盗みを働く前に必ず警視庁、またはその周辺に予告状を出すという。
年齢は不明。目撃者の話では中年の男だったと言う者も居れば、初老の女だったと言う者も居る。
猿だった、と言う者も居る。
大国のスパイである。
江戸城御庭番衆の生き残りである。
宇宙人である。
さまざまな噂が飛び交う中、解っていることは少ない。少ないながら解っていることは
犯行前に予告状を出す事、二人の助手が居る、変装の名人である
と言う事だけだ。
「様々な噂があるがね、ようは泥棒だよ」
夢小路は煙草をもみ消した。
「君も知っているように彼奴は泥棒を働く前に予告状を出すと言う変わった奴なんだ。……そして先日、新しい予告状が届いた」
警部はそう言って、眼鏡の淵をすっと撫でた。探偵の目を真っすぐに見つめる。
探偵は、柊はその視線に気付いていないかのように自然体にかまえて、
「その予告状を見せてもらえますか?」
と言った。
「それは、君が捜査に協力するかしないかで決まる事だよ」
夢小路は探偵に向かい卑屈に笑った。
「君が私達警察に協力し、この盗人を捕まえる手助けをしてくれるならこちらの掴んでいる情報を君に与えよう。聞く所によると君はこの怪盗について随分と興味を持っているらしいね」
「約束が優先ですか……」
柊は肩をすくめる。夢小路はそれを見て、呼び鈴を二回リンリンと鳴らした。
「もちろん、報酬は弾ませてもらうよ」
ドアがガチャリと開き大柄の刑事が部屋に入ってきた。刑事はコツコツと靴音を鳴らし、柊と夢小路の向かい合う机にトンと、厚みのある封筒をおいた。
「これが報酬だよ、引き受けてくれるね」
夢小路はにっこりと微笑んだ。
「お金に興味はありませんが、怪盗には興味があります、お引き受けしましょう」
柊はにっこりと微笑んだ。
そして、クルリと立ち上がると封筒を持ってきた刑事の方に向き直った。
「さて、僕はこれで正式に君の敵として相対するに至ったよ、怪盗JOKER君。いや? 君はその助手かな?」
探偵は、悪戯をする妖精のように微笑んだ。